Research Abstract |
申請者らは海馬神経細胞に特徴的に発現するカルシウム結合タンパク質:ヒポカルシン見い出した。これまでにヒポカルシン欠損(-/-)マウスを作製し,高頻度刺激から1時間以内の海馬でのLTP誘導および空間記憶の獲得には影響しないが,空間記憶の保持に障害を認めるデータを得ており,ヒポカルシンが核への情報伝達を制御することで,LTPの維持過程に関与している可能性が強く示唆される。本研究では,海馬神経細胞内での核への情報伝達機構におけるヒポカルシンの役割を明らかとする目的で,核への情報伝達系の終結部に位置し,遺伝子の発現を直接制御しているcyclic-nucleotide responsive element-binding protein(CREB)活性を指標に,NMDA型グルタミン酸受容体刺激に対するヒポカルシンの機能を解析した。+/+マウスの海馬スライス標本では,NMDA(100μM)による刺激5分後にSer^<133>-リン酸化CREB量は5.1倍に増加した。その後,10分後には4.7倍,20分には3.9倍,30分には2.8倍と減少を示した。一方,-/-マウスでは,刺激によるCREBの活性化が認められたが,5分後に3.8倍,10分後で2.4倍,20分で1.4倍,30分で1.1であり,+/+マウスに比べて活性化の程度は低く,5分,10分,20分の時点で有意な低下を認めた。また,+/+マウスと-/-マウスの間で,CREBの発現量および刺激前のリン酸化CREB量に差は認められなかった。これらの結果から,-/-マウスでは入力刺激依存性の最初期遺伝子の発現機構に障害が存在することが示唆された。海馬での核への情報伝達経路には,NMDA型,あるいは代謝型グルタミン酸受容体やSrc型受容体を介した低分子量G蛋白質:Rasの活性化を出発点として,MAP kinase系(Raf,MEK,ERK)の活性化が必要とされる。しかし,Rasが活性化される機構,あるいはMAP klinase系を制御する機構については,詳細は明らかにされていない。本研究を通じて,ヒポカルシンが海馬神経細胞内においてRas-MAP kinase系の調節因子として機能し,記憶・学習といった可塑性の維持に重要な役割を担っていることが示唆された。
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