Research Abstract |
プロテインキナーゼBアクト(The serine/thronine protein kinase B/Akt,以下Aktと表記)は,1991年に発見されたキナーゼである。ここ数年の検討で成長刺激を細胞に与えると,Aktが活性化されることが知られ,またこの活性化されたAktが細胞周期の調整,グリコーゲン合成の亢進,蛋白合成の亢進,細胞の増殖,生存に作用することが主として培養細胞を用いた検討で明らかになっている。特に細胞の生存に関しては,紫外線照射やNGFを除いた培養環境などで誘発される細胞死が,Aktが活性化された細胞では抑制されることが報告されている。我々は免疫組織科学的方法を用いてAktが海馬の細胞で発現していることを確認し,その上で老化やストレスに関係したAktの変化の検討を続けている。 本年度は,免疫組織科学的方法によりAktの海馬での同定と,老化での変化に対する検討を行った。実験には,8週齢および75週齢の,ウィスター系雄性ラットを用いた。4%パラホルムアルデヒドによって潅流固定を行い,クリオスタッドを用い,脳図譜に基づいて40μmごとに薄切した。染色にはフリーフローティング法を用いた。染色された細胞は顕微鏡で検鏡し,CA1,CA2,CA3,CA4,歯状回などの部位によって集計した。 我々の検討では,海馬の各部位においてAktの染色陽性細胞が確認されたが,特にCA3での発現が顕著であった。また老化の伴う影響の検討として,Aktの染色陽性細胞数を8週齢のラット標本と,75週齢にラットは標本を各部位において比較した。その結果,75週齢のラットでは,8週齢のラットに比較して,CA1領域で有意に発現数が多かった。 老化により脳が萎縮することは,よく知られた事実であるが,最近では外傷後ストレス障害やうつ病の患者において,対照群に比較して海馬が萎縮することが報告されている。海馬の神経細胞は,増殖と死を繰り返していることから,老化やストレスによりこのバランスが崩れた海馬の萎縮が起こっていることが予想される。この結果は,老化に伴う海馬の神経細胞の脱落を防ぐため,生体系の中で,Aktが重要な役割を果たしていることを示唆するものと考えられる。
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