2012 Fiscal Year Annual Research Report
十八世紀後半日本における「道徳文化」の諸相-石門心学と近世社会秩序
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12F02002
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
苅部 直 東京大学, 大学院・法学政治学研究科, 教授
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
VANSTEENPAAL Niels 東京大学, 大学院・法学政治学研究科, 外国人特別研究員
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Keywords | 石門心学 / 和泉屋源右衛門 / 道徳文化 / 丙午迷信 / 旗印 / 出版文化 |
Research Abstract |
本年度は和歌山北町住まいの木櫛細工職人、和泉屋源右衛門による、丙午迷信を打開するための施印伝播活動について研究を行った。源右衛門が自分の伝播活動の詳細を記録した名古屋大学所蔵「丙午縁起」という写本を翻刻・分析した。その主な成果として以下の三つが挙げられる。 1.「丙午縁起」という写本を翻刻として公開することによって、出版文化研究における基礎資料を提供することができた。無料に配布される施印とは、現存率も低く、そもそも刊記がないために、著者や刊行所さえ判明しないものが圧倒的に多いため、その伝播・流通に関する資料はほぼ皆無といってよい。「丙午縁起」には、施印作製に当たる値段や枚数など、多岐にわたる詳細な記述があり、当時の出版事情を知ることが出来る大変貴重な資料である。 2.源右衛門は、「石門心学者」として目立たない存在であるにも関わらず、自分の施印を広めるにあたって、石門心学のネットワークを積極的に利用したことがわかった。その事実が、石門心学を儒教や仏教と同じように、一種の「思想」または学派として位置付けられてきた先行研究に対して、出版伝播ネットワークとしての石門心学を浮上させた。石門心学の意義を捉えなおす重大な発見である。 3.「丙午縁起」の記述と、弘化二年に出版された「丙午歳生れ子のさとし書」という施印の類版八枚の分析を踏まえて、施印伝播における「版木スポンサー」という仕組みを明らかにした。つまり、施印を伝播する過程で、様々な人が「スポンサー」として版木を作り、広める作業を分割していたのである。その事実は、営利目的を前提とした書肆ネットワークを媒介せず、無料で配布されていた施印の伝播を明らかにするだけでなく、その仕組みが家・村を越えた社会に対する責任感を促し、道徳的共同体を想像し得る上で、重要な役割を果たした仕組みだといえる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
和泉屋源右衛門についての多くの資料が、水害で失われてしまったことがわかり、源右衛門その人物の詳細を掘り下げる作業を残念ながら断念せざるを得なかった。しかし、源右衛門の執筆によると思われる「丙午縁起」という写本を通じて、その活動を予想以上に知ることができた。しかも、この「丙午縁起」の分析を以て、石門心学を「思想」としてではなく、「文化的実践」としての一面を浮び上がらせることができたため、本研究が計画通りに進んでいると評価できる。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度の資料収集の結果、研究計画通り、久世友輔・杉浦宗之・石川忠房という人物を中心とする事例研究を行うことは困難であることがわかったが、その代わり、「施印」の可能性を再確認することができた。施印とは、石門心学がその教えを簡潔に広めるための出版物であり、形は一枚摺が多いが、内容は多岐にわたるのである。その施印の存在は、石門心学の特徴としてよく指摘されるが、その作製・内容・伝播についての考察は未開拓のままである。 今年度の成果を踏まえながら、源右衛門のほかの施印をはじめ、施印を百枚以上にも所収している国会図書館所蔵「忠孝道話施印写」といった資料も考慮しながら、施印という「道徳文化」をより深く掘り下げていきたい。
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Research Products
(4 results)