2012 Fiscal Year Annual Research Report
『源氏物語』の表現世界と現代語訳の創意の交渉に関する研究
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12J05276
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Research Institution | Shirayuri College |
Principal Investigator |
大津 直子 白百合女子大学, 文学部, 特別研究員(PD)
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Keywords | 谷崎源氏 / 旧訳 / 新訳 / 山田孝雄 / 玉上琢彌 / 谷崎潤一郎 / 翻訳 / 『源氏物語』 |
Research Abstract |
本研究のねらいは、作家・谷崎潤一郎による「源氏物語』訳(以下谷崎源氏)の草稿の調査、分析を通して、谷崎作品に少なからず影響を与えたと思しき訳出体験の意義を検証することにある。 谷崎源氏は、戦前に発表された旧訳、戦後に発表された新訳、谷崎の晩年に発表された新々訳の三種とされる。新訳草稿は唯一現存する草稿にあたる。旧訳と新訳との間は、ですます調の採用、旧訳で削除された箇所の補遺といった、大幅な変革が認められる。草稿には、谷崎と、校閲者山田孝雄、協力者玉上琢彌ら京都大学国文学者グループらの書き入れが散見され、新訳が出来上がってゆく過程が残されている。資料の量が膨大であるため、初年度は、草稿に目を通し、問題となる箇所を洗い出すことに終始した。 本年度の成果として、大きくは以下の二点である。 旧訳は従来、天皇への不敬に当たる文脈を悉く取り去った不完全な翻訳と位置づけられている。しかし、実のところ旧訳は頭注を活用して光源氏の藤壺思慕を匂わしており、時代に躁躙された訳文という評価を見直す必要がある。また、新訳は序文において原文に「肉迫」する完全な翻訳と謳われている。しかしながら、谷崎は「若紫」巻、北山の垣間見の場面では、敬語過多とされる旧訳を引き継ぐ形で若紫に原文と違えた丁寧な言葉を使わせている。この点について玉上と考えが対立したことが草稿から伺える。つまり、新訳が本質的には旧訳の「余臭」を捨てきれていないことも分かってきた。 その過程で、谷崎が谷崎源氏について「現代語訳」ではなく、「翻訳」、乃至『源氏物語』の「現代」への「移植」という表現を用いている点に着目した。旧訳は序文において、「原文の色、匂、品位、含蓄等を伝へようとする文学的翻訳」であると位置づけられている。これは、谷崎が旧訳に着手する7年前、昭和2年11月に「中央公論j編集主幹であった嶋中雄作が、日本の作家の手を通して外国文学を翻訳する企画を打ち出した、次号予告の表現と酷似している。谷崎源氏に外国文学の翻訳という発想から始発している点を指摘した。次年度以降は、『源氏物語』の海外での翻訳をも視野に入れ、検証を続けたい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初の研究計画においては、「好色」というキーワードと関わる単語(「好き心」「好き」など)を摘出し、谷崎源氏でどう訳出されているかを通して、訳出の際に谷崎が最も重んじた「物語の色気」の内実を検証しようとした。しかし、本年度の調査を通して、光源氏の藤壺思慕などの禁忌性のある場面を、谷崎が頭注を用いて巧妙に訳出していることに気付いた。単語単位ではなく、もう少し大きな視点で捉えなくてはならない。方向性はそのままに、方法論を再検討するにつき、進捗に影響が出ている。
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Strategy for Future Research Activity |
上記の通り、訳文について、「原文における「好色」のニュアンスをもつ表現を認定し、訳文から摘出する」という作業を機械的に行うことが困難であることが分かってきた。そのため本年度は、谷崎が最も危険なところと規定した「空蝉」に関する登場場面をテクストデータ化し、原文、旧訳、新訳とを比較し、その差異から、谷崎の重んじた「物語の色気」について検証する方法に変更する。
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Research Products
(6 results)