2012 Fiscal Year Annual Research Report
日本近代文学における変態心理学および変態性欲学の広範な影響について
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12J07971
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
中原 雅人 東京大学, 大学院・総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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Keywords | 江戸川乱歩 / 精神分析 / 探偵小説 / フロイト / 変態心理 |
Research Abstract |
今年度は、とくに江戸川乱歩と精神分析との関わりについて新しい発見をし、研究が進んだ。立教大学大衆文化研究センターに所属する旧乱歩邸の蔵書を調査し、探偵小説(『疑惑』および『心理試験』)中の記述との一致により、彼がどの著作から精神分析の知識を得ていたかについて、まだ知られていない典拠を特定した。『疑惑』(大正14)はほとんど注目されることのないテクストであったが、精神分析の失策行為(ド忘れ)に関する学説がトリックとして用いられている。これが作中ではフロイトー派によるものとされているのだが、蔵書と記述を照合した結果、実際はイサドール・コーリアット『変態心理学』1大日本文明協会、大正7)に依拠するものであることが判明した。また、『心理試験』(大正14)に描かれている言語連想診断について、これまでフロイトやミュンスターベルクに拠っていると論じられてきたが、同じく蔵書中から乱歩が参照した井箆節三『精神分析学』(実業之日本社、大正11)を見出し、そこから辿った結果『心理試験』作中に登場する表が元々ユングに由来していることを90%以上の項目の一致によって確かめた。これらの調査結果は江戸川乱歩のフロイト受容を通説より早くに確定させるだけでなく、日本近代文学における精神分析の導入が必ずしもフロイトに限られていたわけではないことや、またその中で変態心理学の流行が担った役割の大きさを示唆するものである。これに基づき、『心理試験』について、テクストと典拠を比較対照したうえで現代精神分析の知見にまで結びつけていくことを試みた論文を、立教大学大衆文化研究センター刊行「大衆文学」誌に投稿し、現在審査中である。さらに『疑惑』について、上述の典拠を証明しつつ、テクストがもつ語りの構造との関係からそれを位置づける論考を執筆しており、来年度中に学会誌へ発表する予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
江戸川乱歩における精神分析の典拠を確定するとともに、それが変態心理学を介して行われていたことを発見したのは、研究目的の達成に向け大きな前進であった。ただし、まだ対象が乱歩に限られているため、(2)と自己評価した。
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Strategy for Future Research Activity |
現在の研究状況から、変態心理学および変態性欲学が後に与えた数ある影響の中でも、とくに探偵小説における精神分析の受容に重大な問題と確実な研究結果が見こめることが予想される。したがって、江戸川乱歩のほかにも小栗虫太郎や甲賀三郎、水上呂理といった精神分析を応用した小説家たちのテクストを中心に分析していく。その際、海外の動向にも視野を向け、フロイトを初めユングやジャネ、クラフト=エビングなどが扱った変態性欲や変態心理現象(ヒステリー、夢遊病、多重人格など)にも注目する。さらに純文学や、民俗学における変態心理・性欲学の影響についても、精神分析を視野に入れつつ調査する。
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