2012 Fiscal Year Annual Research Report
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12J08422
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
商 兆琦 東京大学, 大学院・人文社会系研究科, 特別研究員(DC1)
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Keywords | 田中正造 / 足尾鉱毒事件 / 神格化された正造像 / 田中正造の自己認識 / 田中正造と下野の社会 / 明治知識人 / 非合理主義 / キェルケゴール |
Research Abstract |
本研究は、これまでの田中正造論や鉱毒事件論が、歴史的文脈への考慮なしに、現代の視点から扱われてきたという問題意識にもとづき、田中正造・鉱毒事件を明治という時代の文脈のなかに位置付ける研究視角を提示するものである。また、田中正造の思想構造=「内側」と正造が生きた社会の構造=「外側」を一つの全体として捉え、「内側」と「外側」との弁証的・連動的な関係を捉えることを通して、「神格化」されてきた正造像を見直す必要があることを指摘した。(成果1:「生き返らせる」田中正造研究批判、『アジア遊学』第151号、2012.3)。さらに、鉱毒事件の思想像研究を「正造中心主義」から解放されることを目指して、以下の三方面から進めた。 まず、「正造研究」ブームが出現する前の正造像、とくに正造と面識のある同時代の人々の抱いた正造像を考察し、多様な正造像を対照しながら、それぞれの重なりあえる部分を解明したうえで、より安定的な正造像を改めて構造してきた。(成果2:「田中正造研究」以前の正造像、『東京大学日本史学研究室紀要』第17号、2013.3)。 第二、田中正造の自認した「下野の百姓」の「百姓」の意味を検証するために、彼の服装、財産、そして経済状況について考察した。その後、正造にとっての「下野」の意味に焦点を当て、彼の交遊関係を整理し、その社会的ネットワークの解明を試みた。(成果3:「田中正造と下野」、『思想史研究』第17号掲載予定、2013.4)。 第三、足尾鉱毒事件に対して、明治知識人たちが起こした「精神的な反応」の相違点と共通点を明らかにしようとした。明治思想界という大舞台の上に鉱毒事件を取り巻く思想的状況の小舞台を設定し、鉱毒事件に関わった明治知識人を登場させて、光を投射することを通じて、彼らの言説、立場、思想を解明しながら、田中正造の思想の「平面的位相」を確認した。それ同時に、鉱毒事件に関心を寄せたそれぞれの知識人の思想の明暗両面を捉えなおす機会を提供しようとした。(成果4:足尾鉱毒事件をめぐる明治知識人、『環日本海研究年報』第20号、2013.3)東アジア近代化(伝統から現代への転化)における田中正造や足尾鉱毒事件の意義を問うために、西洋思想への視線が必要であって、とくに合理主義の思惟様式の場面で、アンチテーゼとして現われる非合理主義への理解が不可欠である。本研究者は、平成24年7月4日から7月27日までにコペンハーゲン大学において行なわれる「地球社会における個人(The Individual in the Global Society)」というコースに参加して、実存哲学の先駆者だと評価されるキェルケゴールの勉強を通じて、合理主義の限界点を気付き、田中正造と足尾鉱毒事件への理解を深化させた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成24年における本研究は、現在のいわば「今生きている」正造像と鉱毒像の実像と虚像を解明するために、実証的な研究を進めて、着々とした成果を出した。2012年3月の「「生き返らせる」田中正造研究批判」の発表を皮切りに、次々と長大な論文を学術誌に発表し続けた。「田中正造から捉えた足尾鉱毒事件」という先行研究の限界点を批判的に検討しただけではなく、「社会史・思想史から捉えた田中正造と足尾鉱毒事件」という新たな問題意識と学問の視野をも示唆した。なお、本研究として改善の努力を注ぐべきことが少なからず存在することも事実である。例えば、足尾鉱毒事件をめぐる明治知識人という課題に関する考察という点を更に深めるべきだと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
現在の社会を築いてきた礎石は、産業革命=技術文明と市民革命=民主主義を特徴とする近代化と言えよう。近代化は、人類の生活を豊かにしたが、同時に多くの内在的・外在的な問題を引き起こしている。近代化の価値と問題を如何にして認識するのか、日本のみならず、東アジアにとっての重要課題である。 本研究者は、足尾鉱毒事件と田中正造への考察を手掛かりにして、東アジア世界の「近代化」を問うという研究目標の実現を図り、足尾鉱毒事件に対し、明治知識人たちが起こした「精神的な反応」の相違点と共通点を更に明らかにしようとする。それ同時に、東アジア世界での鉱毒事件像と正造の思想像を把握するために、中国近代化の問題にも注目している。 研究方法としては、文献調査、フィールドワーク、そして海外調査を採用するつもりである。
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Research Products
(4 results)