2013 Fiscal Year Annual Research Report
世阿弥自筆譜を中心とした室町期の能の楽譜からみた音楽文法
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12J40244
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Research Institution | Kyoto City University of Arts |
Principal Investigator |
丹羽 幸江 京都市立芸術大学, 日本伝統音楽研究センター, 特別研究員(RPD)
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Keywords | 音楽学 / 日本音楽史 / 記譜法 / 元和卯月本 / 胡麻 / ツヨ吟 / 歌唱法 / ヨワ吟 |
Research Abstract |
本研究は、世阿弥の記す音楽哲学「声」「五音」が、室町末期を中心とした楽譜のうえにどのように反映されているかについて明らかにすることを中心課題とする。25年度における研究のなかで中心となった研究内容は以下である。 1)ツヨ吟を示す胡麻配列 17世紀後半に確立したとされる「吟」について、吟を示す指標を楽譜の胡麻(音符)の配列等から探した。25年度には、江戸初期の謡本の記譜法をもとに、これまで17世紀半ば以降に確立したと考えられてきた吟が、『元和卯月本』(1620)には確立しており、さらに1605年までさかのぼって存在していたことを、実証する口頭発表を東洋音楽学会第64回全国大会にて行った(「江戸初期の謡本におけるツヨ吟を示す胡麻の配列」)。 2)『下間少進節付本』五声十二律データベース 謡の楽譜では、相対的な音高を上・中などと記すだけで、実際の音高(例えば440Hzのラの音のような絶対音高)を記すことはない。このため、胡麻の配列を研究対象とする本研究では、実際の音の動きが不明であるという問題点があった。これを解消する必要がでてきたため、楽譜に絶対音高である五声十二律を注記する数少ない貴重な謡本である『下間少進節付本』(室町末期)をとりあげ、五声十二律を記した箇所を抜き出しデータベース化を行った(26年度中発表予定)。これをもとに、胡麻配列と実際の音の動きの関連性について明らかにする予定である。 3)『そなへはた』の読解と現代語訳 18世紀の素謡家岩井直恒の高弟による『そなへはた』は、本研究で扱った『元和卯月本』を祖と仰ぎ、記譜法の体系化を行った謡伝書である。その現代語訳を行い、記譜法理論体系を明らかにすることに努めた。(26年度において受け入れ研究者との共著にて投稿予定)。また、ルーマニアでの国際学会において、記譜法が家元制度に与えた影響というより広い視点から、『元和卯月本』の記譜法が、家元制度による楽譜の統制の発端となった理由について、18世紀における岩井家のケースを例に挙げつつ、考察を行った(タイトル「家元制度の確立に能の記譜法がどう関わったか」)。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究では、世阿弥の述べた「声」と、現在の歌唱様式「吟」との滑らかな連結を仮説において想定している。これまで17世紀後半以降に確立したとされてきた「吟」について、段階的に時代をさかのぼる研究を行ってきており、25年度には、慶長10年(1605)まで吟が存在することを実証した。同時に、室町期の楽譜を研究するうえで重要な手がかりとなる、「吟」の指標となりうる胡麻(音符)の特定の配列について明らかにしえた。
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Strategy for Future Research Activity |
26年度においては、本研究の最終目的である室町期の楽譜に着手する。室町期の記譜法は、江戸初期とは記譜法の体系が異なり、まだ先行研究においてもほとんど未解読のまま放置されてきたため、困難が予測される。 この問題点を解決する方策として、謡の先行芸能である、早歌および声明における「重」の概念を参照することが有効であると予測する。「重」とは音域を意味し、いくつもの音域を文字通り重ねることによって、一曲が成り立っている。謡も、現在ではあまり意識されることはないが、「重」と近い音楽構造をもつ。 その際には謡の研究家、廣瀬政次により提示された仮説があり、これを参照する。室町時代の謡は、音域の組み合わせ方を変えることで、「吟」を表現していたとの説である。廣瀬はアイディアを示しただけで、根拠を示すことはなかったが、早歌や声明における「重」の概念を参照することにより、実証可能と予測できるようになってきた。 今後、声明などの「重」の概念を整理し、室町時代の楽譜の記譜法への適用を探る。そのことによって、本研究の課題である世阿弥の「声」と、現在の歌唱様式「吟」との具体的な連続性を明らかにしたい。
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Research Products
(3 results)