2002 Fiscal Year Annual Research Report
トーマス・マン『魔の山』の錬金術的構造-ユングの錬金術心理学の観点からの考察
Project/Area Number |
13610630
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Research Institution | Kyushu University |
Principal Investigator |
池田 紘一 九州大学, 大学院・人文科学研究院, 教授 (10036973)
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Keywords | トーマス・マン / 『魔の山』 / C.G.ユング / 錬金術 / ゲーテ / 『ファウスト』 |
Research Abstract |
トーマス・マンは自ら『魔の山』を錬金術的と称し、主人公ハンス・カストルプの人間的成長を錬金術的「昇華」と呼んでいる。従来単なる比喩としてさほど真剣には受けとめられなかったこの発言の意義と射程をユングの錬金術心理学との関連において明らかにし、同時にまさにこの点において『魔の山』がゲーテの『ファウスト』の「まねび」乃至はパロディーであることを実証した。その要点は以下のごとくである。 1)ハンス・カストルプは「原質料」としてマダム・ショシャーをはじめとする諸元素との「分離」と「融合」を繰り返しながら、「賢者の石」への道を辿る。この「精神」と「肉体」の錬金術的・エロス的結合の試みは失敗に帰する。それは錬金術の場合と同様、ヨーロッパ近代合理主義の批判を意味し、同時にその克服による新たな人間愛の模索を意味する。 2)物語のこのプロセスは、マンの「錬金術的物語術」と表裏一体をなしている。つまりマンの語りは、諸元素を密封して火にかけ、何十日ものあいだ昼夜を分かたず繰り返される錬金術の分離・融合の試みに等しい。諸々の偶然的出会いや偶然的出来事から必然の糸(真の融合可能性)を紡ぎ出すその錬金術的物語技法の特質を、文体、各場面の構成、小説全体の構成に即して明らかにした。 3)以上の『魔の山』の特質は、その現代的装いにも拘らず、『ファウスト』と見事に照応している。『ファウスト』もいわば、現世では失敗に帰する錬金術的実験の試みである。マンが企図したと考えられる『ファウスト』の現代的パロディーの試みは、錬金術心理学的観点を導入してはじめて、単なる引用的模倣を越えた、より根源的な意味での「まねび」であることが判明する。
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Research Products
(2 results)