Research Abstract |
中部日本は日本有数の山岳地帯を擁し,急峻な地形が発達する,そのため崩壊土砂量が100万立方メートルを超えるような大規模な斜面崩壊が多発し,その被害軽減のためには斜面崩壊の予知が重要である.岐阜・福井にまたがる地域では過去約100年に「越美の3大崩れ」と呼ばれる大崩壊が,ナンノ谷,根尾白谷,徳山白谷で発生したことが知られている.本研究ではこれら3地域の地質構造を詳細に調査し,そのうちの2カ所(ナンノ谷,根尾白谷)が,風化浸食に対して抵抗力の強い石灰岩が,相対的に弱い緑色岩・メランジュの上に低角な断層で衝上するという共通の地質構造を有することを明らかにした.こういった地質構造は,付加体形成時に作られたもので,今後の大規模崩壊地を予測する上で重要な知見である.同様な地質構造は,美濃帯の舟伏山,伊吹山,霊仙山,藤原岳などにも知られている.伊吹山西側斜面は過去に何度も大規模な崩壊を起こしたことが知られているが,その周期性は不明であった.きわめて大規模な崩壊時には,伊吹山西側を流れる姉川がせき止められ,上流にせき止め湖が形成され,せき止め湖堆積物が残された.これらせき止め湖堆積物を詳細に調査した結果,時代の異なる2種類の堆積物がみつかり,その放射性炭素年代は,約34,000年前と5,200年前であることが明らかとなった.また,伊吹山の南側の関ヶ原低地は古くから交通の要所で,伊吹山で起こった大規模な斜面崩壊は文献・古文書等に記録される確率が高い.伊吹町史,坂田郡史やそこに引用されている古文書を検討した結果,890年,1500年頃,1700年頃,1909年(姉川地震)に比較的大規模な崩壊が起こっていることが明らかとなった.しかし,これらの崩壊では天然ダムやせき止め湖は形成されず,上記の2回の崩壊はさらに大規模であったことがわかる.
|