Research Abstract |
農業生態系の化学的制御に資するために,インドセンダンから得られる昆虫摂食阻害物質azadirachtin,農業害虫トゲシラホシカメムシの性フェロモン,ある種のダニが生産する新規モノテルペンisorobinal,トウモロコシが生産するヨトウムシに対する天敵誘引物質volicitin,ミカンヒメコナカイガラムシの性フェロモン,ナス科植物ヒヨスのファイトアレキシン,イネのファイトアレキシンであるoryzalexin Sの合成研究を行った。極めて複雑なC-seco-limonoid構造を有するazadirachtinについては,当初の計画通り,Wieland-Miescher ketoneから導いた2環性エノンとシクロペンタジエンとのDiels-Alder反応で得られた4環性モデル化合物の1つの環(limonoidのC環に相当)を種々の環開裂条件に付し,ベックマン転位により収率良く開裂が進行することを見い出した。さらに,開裂生成物に種々の化学変換を施すことによりazadirachtinのA環を除く部分骨格の完成に今一歩の段階まで到達した。天然物としては比較的稀なtrans-bergamotane骨格を有するトゲシラホシカメムシの性フェロモンについては,[2+2]付加環化をキーステップとする合成法によりラセミ体としてではあるが,合成を完了してフェロモンの構造を確定することができた。構造中に異性化しやすいβ,γ-不飽和ケトンを含む多不飽和環状モノテルペンisorobinalについては,ペリルアルデヒドの両鏡像体から出発して,わずか4工程でisorobinalの両鏡像体に導くことができた。現在,その生態学的役割について詳細な検討が行われている。ヒドロキシトリエンカルボン酸とグルタミンがアミド結合により連結した構造を持つvolicitinについては,乳酸の両鏡像体を原料として両立体異性体の合成を完成し,今まで明らかでなかった様々な物性値を提出した。4員環を有するモノテルペンアルコールのエステルであるミカンヒメコナカイガラムシの性フェロモンについては,(+)-α-pineneを原料としてわずか4工程での大量合成法を確立し,農場における生物活性試験の結果を待っている。合成経路の途中で,近縁のミカンコナカイガラムシの性フェロモンも同時に合成した。特異な酸化様式のspirovetivane骨格を持つヒヨスのファイトアレキシンについては,当初計画したDiels-Alder反応経由の合成経路を断念せざるを得なくなったが,種々の不斉合成法(Sharpless法,Evans法)と立体選択的アルキル化,クライゼン縮合を組み合わせることにより,必要な酸化状態を持った全体の骨格の合成まで完成し,若干の官能基の調整を残すのみという段階まで進行している。今回の目的物のような酸化状態を持ったspirovetivane類は例がないが,これまで知られているspirovetivane類の合成にも適用可能な,高効率的な合成法の確立という目的の完遂が間近である。天然物としては極めて稀なstemarane骨格を有するoryzalexin Sについては,Diels-Alderによる骨格形成を種々検討したが,現在までのところ成功していないため,合成経路全体の見直しを検討している。
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