Research Abstract |
本種の卵は,体内受精後1個ずつカプセル(囲卵腔液+卵膜)に包まれ,更にゼリー物質と莢膜で覆われ(卵紐),淡水中に産み出される。産卵後カプセル内で発生し,稚貝型幼生となり孵化する。以上の全発生過程は,顕微鏡下で容易に観察できる。受精卵から孵化稚貝まで21に分けた発生段階別に,胚をカプセルごとゼリー物質から単離して,0〜1000mOsmのマンニトール液に浸漬し,以後の発生経過を観察した。平均生存日数,到達する発生段階,ボディープラン(体制)変換の有無、などを精査した結果,環境浸透圧の変動は本種の発生・変態に大きく影響することが判明した。 平均生存日数は,トロコフォア期まではほぼ等張の80mOsm,稚貝期には0mOsmで,各々最大となった。両者の移行期に当るヴェリジャー期に,通常は内臓嚢と足部の肥大成長,及びそれらを覆う貝殻の形成が顕著に進む。到達する発生段階については,極体放出前から胞胚期まで,および後期を除く嚢胚期・トロコフォア期の胚は,80mOsm下でトロコフォア後期のまま最も長く生存し,巨大成長した。また,環境水に添加した種々の物質を嚥下し,消化盲嚢に濃縮した。従って本種は,栄養強化とサイズ調整が自在な新生物餌料を開発する際のモデル動物として有望と考えられる。また,嚢胚期からトロコフォア中期にかけての胚は,親貝のヘモリンパよりやや高張液中で貝殻の成長が抑えられ,軟体部のみが肥大成長することが判明した。そこで,処理法を改良し,まず200mOsmの高張ショック後,25%本種用リンゲル液,同液+50%ゼリー・エキス液に順次移すことにより,外套膜の縮小・反転した無殻稚貝(ウミウシ型およびタコ型)が高率で孵化した。孵化稚貝には咀嚼能力があり,好適飼料の探索を含め,これらの大量培養法を現在検討中である。また,上記のゼリー・エキスには一種の変態促進作用があり,80mOsm下でトロコフォア型に維持された幼生に添加すると,ヴェリジャー期を経て,外套膜は伸張するが貝殻を欠くイカ型の幼生とすることができた。しかし,この型の自然孵化には成功していない。 以上今年度の結果から,遺伝子導入法によらなくても本来の遺伝的素質に基づき,有用な新形質を個体から確実に引き出し,しかも子孫には全く影響を与えないという画期的育種法開発の可能性が示唆された。
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