2014 Fiscal Year Annual Research Report
主体とコミュニケーションをめぐる社会理論の刷新に向けてー精神分析の視点から
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13J00436
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
古川 直子 京都大学, 人間・環境学研究科, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 精神分析 / セクシュアリティ / 他者論 / フロイト / ジェンダー |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究員はまず、現在のジェンダー/セクシュアリティ論において、セクシュアリティという概念の語義が曖昧なものにとどめられているという事実が、近年の研究において提起されたセックスからのセクシュアリティの離床という目標そのものを切り崩しているのではないかと問うことから考察を開始した。実際、セックス(生殖)という目的に対するセクシュアリティの過剰性、可塑性が強調される現在のスタンダードな議論において、その目的が十分に果たされたとは言い難い。セクシュアリティ概念の曖昧さ、そして「可塑性」の主張は、今では古びたものとされる性本能モデルの残存をしるしづけているというのが、本研究員の着眼であった。 今年度は、このような事情を背景として、セクシュアリティについての思考に「他者」というタームがアプリオリに持ち込まれるという現在の理論的傾向を批判的に検討した。両者の媒介項が「生殖」であることを明言する論者もいるが、多くはない。しかし、そこでは、生殖には他者(他の個)が必要であるから、エロスや愛は他者と出会う特権的な経験であるという理路がはっきりと示されている。この種のナイーブな仮定が、構築主義的転回以後の現在においてすら容易に回帰しうるのは、生殖・他者・セクシュアリティという三つの要素がいまも密接に結び付いているからである。 本研究員は、このような現状に対して、精神分析の導入を試みた。すなわち、これまで看過されてきたフロイトの「性的」というタームの吟味を課題とすることで、異性愛主義的なセクシュアリティ観を乗り越え、ジェンダー化もセックス化もされていないセクシュアリティのモデルを、フロイト理論に求めた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究員は、ジェンダー/セクシュアリティ理論の批判的再検討から得た着眼に基づき、精神分析という思想が独自の語義におけるセクシュアリティという概念を基盤として構成されていることを明らかにする作業を進めた。そのなかで、これまで日本では十分に理解されてこなかったフランスの精神分析家J・ラプランシュの理論が、特異なセクシュアリティ概念を中心軸とするフロイトの思想の読解において、貴重な知見を提供しうることに注目し、その紹介に努めた。また本研究員は、初期の誘惑理論の放棄から後期の死の欲動という概念の導入にいたるフロイトの理論的展開を、「性的」というタームの内実に留意しながら検討することで、精神分析における「性的な他者」という視点の意義を明らかにした。それは、「他者への欲望」としての通俗的なセクシュアリティ理解を超え、無意識という「内なる他性」の効果としてのセクシュアリティという新たな着眼を提起しうるものである。本研究員は、以上の考察の成果を、博士論文として結実させた。
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Strategy for Future Research Activity |
今後はこれまでの研究を踏まえ、引き続きフロイトの精神分析という思想が現代のジェンダー/セクシュアリティ論、主体とコミュニケーションをめぐる社会理論になしうる貢献の可能性を探ってゆく予定である。無意識という内なる他性の作用としてのセクシュアリティの本質は、他者に向かう欲望ではなく、欠如や喪失に基づく欲望でもない。この他者との関係性からの閉じとしてのセクシュアリティこそが精神分析独自の着眼であり、従来の生殖本能モデルやヘテロセクシュアリティの自然化からの完全な離脱を成し遂げうるものであることを論じてゆく。
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