2014 Fiscal Year Annual Research Report
大気内部で発生する非地形性慣性重力波の放射メカニズムおよびその特性の理論的解明
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13J08466
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
安田 勇輝 東京大学, 大学院理学系研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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Keywords | 自発的放射 / 慣性重力波 / くりこみ群 / 縁海 / 力学系 / 熱統計力学 / 成層圏極渦 / 成層圏突然昇温 |
Outline of Annual Research Achievements |
大気や海洋は様々な時空間スケールの運動を含むため、ある現象の理解には、その現象に関わる要素を抽出する必要がある。申請者は、理論的な抽出方法に着目し、三つの異なる大気海洋現象を研究している。 一つ目は、重力波の自発的放射についての研究である。重力波は大気中で運動量の再分配を行い、大気循環にとって重要である。これまで、高解像度モデル実験により、大規模な流れから自発的に重力波が放射され得ることが示されていたが、自発的放射は、非線形な現象のため不明な点が多かった。そこで、これを調べるために、特異摂動法の一つであるくりこみ群の方法に着目した。本年度は、導出したくりこみ群方程式に散逸項を組み込んだ。そして、理論予測と数値実験の結果を比較し、定量的な理論の妥当性を示した。得られた結果は、国内学会および国際誌に発表した。 二つ目は、北大西洋の縁海に関する研究である。これらの縁海は、海洋深層水の数少ない生成源であり、気候変動に大きな影響を与える。昨年度は、縁海の降水への応答を調べるため、支配方程式から導出した簡単な力学モデルを解析的に調べた。本年度は、力学モデルに修正を行い、理論予測の精度向上を数値実験により示した。結果は論文としてまとめ、国際誌に投稿し、条件付き受理をされた。 三つ目は、熱統計力学の成層圏極渦への応用である。極渦は、極域の冬季の成層圏に出現する巨大な渦である。南半球では、極渦がオゾンホール生成の主要因の一つであり、その理解は実際問題としても重要である。熱統計力学は、マクロ系の情報をミクロ系から抽出する方法を与える。大気中には、ミクロからマクロスケールの渦が存在しているが、熱統計力学の手法により、マクロな極渦に関する情報のみが抽出できる。この方法によって、極渦の変動を相転移として解釈できる新しい可能性が明らかになった。この仮説は、簡単な数値実験の結果とも合致している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の計画通りに、ミクロな視点から重力波の自発的放射を記述する理論式を、特異摂動法の一種であるくりこみ群の方法を用いて導出した。この理論式は、自発的放射の物理的メカニズムを明らかにするだけでなく、重力波の放射と伝播、また放射によるジェット気流への反作用を統一的に記述する。この理論の定性的かつ定量的な妥当性は、数値実験により示した。これらの結果は、二編の論文として国際誌に発表した。以上のことから、ミクロな視点から自発的放射を理解するという目標は、十分に達成できたと言って良い。 また、アメリカ・ウッズホール海洋研究所の夏の学校への参加をきっかけに開始した極域の縁海に関する研究を、今年度はさらに発展させてまとめた。この研究では、くりこみ群の方法と同様に、系の情報を理論的に抽出することで得られる力学モデルを用いている。この力学モデルはミクロな視点を与え、縁海の温度と塩分に関する固有時間スケールを明らかにする。理論的手法の共通点から、この研究で得られた知見は自発的放射の研究に役立つと考えられる。また、縁海の研究結果は、国際誌に投稿ずみであり、条件付き受理をされている。 一方で、マクロな視点を与える熱統計力学的な手法は、地球流体力学や気象学の中で新しい方法であり、世界でも扱える科学者は多くない。そこで、フランス・リヨン高等師範学校に短期滞在しその方法を学んだ。その結果、現段階では、自発的放射を伴うシステムのような複雑な三次元系への理論の適用は難しいことが分かった。そこで、比較的簡単な一層の流体モデルに着目し、そのモデルで記述可能な成層圏極渦に熱統計力学的な手法を適用することにした。研究の結果、極渦の変動を相転移として解釈できる新しい可能性が明らかになった。
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Strategy for Future Research Activity |
平衡熱統計力学的な手法を成層圏極渦に適用した結果、極渦の変動が相転移として解釈できる新しい可能性が明らかになった。今後はまず、現実大気を良く表すと考えられる再解析データを用いて、この仮説の詳細な検討を行い、妥当性を示す。その後、結果を論文にまとめて国際誌に投稿し、国内・国際学会で発表する。 一方で、平衡熱統計力学的な手法は、散逸や強制を伴う系に適用できないという問題がある。これが、自発的放射を伴う系への適用を困難にしている原因の一つである。そのため、強制や散逸を伴う非平衡系へと理論の拡張を行う。これにより将来的に、自発的放射を伴う系などの複雑なシステムを理論的に解析することが可能になると期待される。理論の拡張後、まず、極渦に新理論を適用する。そして、平衡を仮定した理論の予測結果との比較や、非平衡の理論の適用限界を詳細に検討する。 熱統計力学は物理学の分野であり、申請者の研究は気象学と物理学の両分野に股がっている。しかし、この二つの分野の繋がりは、非常に強いとは言えない。一方で、非平衡系に関する研究は、近年、物理学の分野において発展が目覚ましい。そこで今後は、日本物理学会を含めた国内・国外の物理学分野の研究会においても、発表を行いたいと考えている。そして、様々な物理学者と議論を行い、自らの知見を深め、研究のより広い可能性を模索したいと考えている。
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