2014 Fiscal Year Annual Research Report
アッバース朝からブワイフ朝・ハムダーン朝への情報伝達の構造的分析
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13J09000
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
中野 さやか 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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Keywords | アッバース朝 / ナディーム / 宮廷文化 / 飲酒 / 史料論 |
Outline of Annual Research Achievements |
当研究では、アッバース朝カリフ政権下からブワイフ朝・ハムダーン朝にかけて継続的に執筆されたテーマであるナディーム論を取り上げる。ナディームとはアラビア語で「飲み仲間」を意味し、禁酒を定めるイスラム地域の宮廷においても文人達が君主の宮廷にナディームとして侍っていた。このナディームがどのようにあるべきかを論じた諸作品がナディーム論である。ナディーム論ではナディームは豊かな教養人であることを説かれており、その先例としてアッバース朝のカリフのナディーム達が挙げられている。またナディーム達は禁酒を定めるイスラム法に抵触する存在でもあったので、時代・地域による飲酒の受容度によって語られる内容が異なった。 当研究では、アッバース朝からブワイフ朝・ハムダーン朝にかけて著されたナディーム論を比較・分析し、アッバース朝宮廷における君主と文人との交流の情報やカリフが飲酒をすることに対する認識がどのように変化したのかを考察する。またアッバース朝カリフのナディーム達は、ブワイフ朝・ハムダーン朝へアッバース朝宮廷の情報を伝達した人々でもある。アッバース朝からブワイフ朝・ハムダーン朝にかけての情報の変容に、伝達者であるナディームがどのように関与したのかを分析する。 以上の問題意識に基づいて、今年度は、以下の2点を行った。 ①トルコ共和国イスタンブールのスレイマニエ図書館・バヤジッド図書館にて、アッバース朝からオスマン朝下までに執筆・筆写されたナディーム論とナディームに関する諸写本を閲覧し複写を入手した。 ②アッバース朝下で執筆され、宮廷へ献呈された現存最古のナディーム論である『諸王の諸性質』を分析し、学会発表と論文投稿を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
平成26年度は育児中断後の復帰1年目に当たるが、復帰時に立てた計画以上に研究を遂行することが出来た。保育園や家族と連携して研究時間を確保して、学会発表や論文執筆、海外調査を行った。特に子供を家族に預けてイスタンブールにて一週間の写本調査を行ったことで、今後2年間の研究調査について具体的計画を立てられるようになった。 研究内容に関しては、イスタンブールでの写本調査にて、ブワイフ朝下で執筆されたと明記されている新たなナディーム論を発見し、複写を入手することが出来た。この写本は、アッバース朝の宮廷文人に関する評であり、後世の偽作である点も含めて今後調査する予定であるが、研究テーマである「ブワイフ朝・ハムダーン朝下でアッバース朝宮廷に対する認識がどのように変容したのか」という点について新たな考察材料となると考えられる。またナディーム論の分析を進めていく中で、飲酒を巡る法学議論がナディーム論の背景にあるという着想を得て、ナディーム論が執筆された当時の社会についてのより深い分析を行うことが可能となった。この2点に関しては、当初の計画以上に進展していると考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
2015年度は、ナディーム論の思想的背景となる9世紀から11世紀までの飲酒論の分析も進める。飲酒論とは、イスラム法の法源であるハディース(預言者ムハンマドの言行録を中心とするが、教友・正統カリフ達の言行録も含む)に基づき、ハラーム(宗教的禁忌)である酒の定義を行うものである。この議論は現在でも影響力を持つ著名な法学者やハディース集成の編者達によって行われており、イスラム法が整備されていく中での法学議論の一例としても重要である。 この飲酒論の分析を通じて、9世紀から11世紀のアッバース朝からブワイフ朝・ハムダーン朝にかけて、飲酒がどのように受容されたのか、あるいは排斥されたのかを明らかにし、それが同時期に執筆されたナディーム論に与えた影響を分析する。 以上の目的に基づき、2015年度は欧米の国会図書館や写本所蔵館にて飲酒論に関する写本類の調査を行う。 上記の作業と平行して、収集済みであるハムダーン朝宮廷に献呈されたクシャージャム著『ナディームの作法』の分析を進め、学会発表と論文投稿を行う。この作品はハムダーン朝下で執筆されたナディーム論であり、2014年度に行ったアッバース朝下で記されたナディーム論である『諸王の諸性質』との比較分析を行い、共通点と相違点を明らかにする。
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Research Products
(2 results)