Research Abstract |
古典力学的にカオスが発生している強摂動領域では,対応する量子動力学も,カオスが存在しない場合とは質的に異なる新しい状況が期待される.とくに,強光子場中など強摂動領域で期待される,"複数自由度が関与したトンネル効果"は,その原理的レベルでの理解すら未だ十分とは言い難い.ここでは,多自由度トンネル効果,中でも,対応する力学系にカオスを発生する場合のトンネル効果に対して,まずは,できるだけ単純な状況を完全に把握し,その数理的基盤の整備と共に,多自由度トンネル効果の基礎原理確立を目指した.既に我々は,複素領域での半古典論を駆使することにより,多自由度系のトンネル効果を,複素古典力学(複素領域に拡張された古典力学)を用いて記述することに成功し,インスタントン軌道に代表される1次元系とは対照的に,夥しい数の複素トンネル軌道の出現とその複雑なトポロジーがカオス系のトンネル効果を特徴づけることを複素力学系理論をもとに立証した.しかし,これまでの解析で状況が確実に抑えられているのは理想カオス系のみである.本研究ではさらに進んで,強光子場下での分子系で実現される,より一般的な力学系(位相空間に規則的な運動とカオス的な運動が共存する混合位相空間)でのトンネル効果の基礎理論をつくる.さらに,それを踏まえた上でその観測可能性を探った.そのための準備として,純虚面を彷徨する軌道特性(トンネル効果への顕在化可能性),および,回転領域のトンネル効果への影響を調べた.複素領域を彷徨する軌道の存在は,カオス的トンネル効果が複素力学系のジュリア集合によって記述されることから,その存在は証明されているが,現実のトンネル効果として観測可能か否かについては明らかではない.また,回転領域についても,実の位相空間の中では動的な障壁を形成することはよく知られているが,複素領域で障壁と成りうるか否かはやはり明らかではない.予備的な計算では,虚面を彷徨する複素軌道を観測する方法,および,回転領域が4次元体積をもたないことなどに対するいくつかの状況証拠が得られている.
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