Research Abstract |
本年度は以下の3点について成果が得られた:(1)Binaphthylにおける光学異性化反応の量子制御,(2)Propanolの強光子場イオン化解離,(3)第6・7族遷移元素水素化物におけるスピン軌道相互作用効果. (1)においては,UVレーザを用いた反応制御の可能性に着目し研究を進めてきた.研究対象として軸不斉を有するbinaphtholを取り上げ,その軸不斉をUVレーザにより制御することを目的とし,基底状態および適切な電子励起状態のポテンシャルエネルギー曲面(PES)を求めることを試みた.この分子は2つの水酸基を有するため基底状態のPES上には複数のlocal energy minimaが存在し,不斉制御過程が複雑になり取り扱いが難しい.そこで,本研究では水酸基のないbinaphthylにおける不斉制御について検討し,その結果に基づいてbinaphtholにおける不斉制御の可能性を追求することとした.反応経路の探索にはRHF/6-31G+(d,p)法,PESの評価にはMCSCF+FOCI法を用いた.binaphthylの光学異性体(EQ(P),EQ(M))は,cis(or syn)配置の遷移状態およびtrans(or anti)配置の遷移状態を経由して異性化する.後者の遷移状態TS(trans)は分子対称性を持たず,なおかつ鏡像体も持たない(不斉を持たない).前者TS(cis)はC_2対称性を有し光学活性である(TS(cis:P)およびTS(ics:M)).従って,異性化の経路は3つ存在する:EQ(P)→TS(trans)→EQ(M),EQ(P)→TS(cis:P)→EQ(M)およびEQ(P)→TS(cis:M)→EQ(M). TS(trans)を経由する経路のエネルギー障壁が約30kcal/mol, TS(cis:P,M)を経由する経路のエネルギー障壁は約39kcal/molであり,わずかにTS(trans)を経由する経路が有利であるが,いずれも熱反応では起こりにくい反応であるといえる.この反応経路に沿って電子的励起状態と基底状態からの遷移モーメントを求めた結果,第3励起状態との遷移モーメントが最も大きく,レーザ制御に用いる励起状態として選択した.これらの計算結果を用いて,藤村教授らの最適制御理論によりレーザ場をデザインした.制御時間は3psと比較的長いものであったが,このレーザ場により約90%のEQ(P)をEQ(M)に異性化することができた.最適レーザ場により基底状態とS3状態との間で複数回遷移を繰り返したのち,TS(trans)を経由してEQ(M)に至ることが理解できる.現在,論文発表の準備中である.本来の目的であるbinaphtholの基底状態における異性化経路については既に報告した.2つの水酸基のとる向きによって3つの構造異性体が存在し,それぞれに光学異性体が存在するため,6つの異性体間の反応を制御するのはかなり困難であると言える.しかし,水酸基の回転に起因する異性化を無視し光学異性化のみに着目すれば,binaphthylの場合とそれほど大きな相違はないと期待される.スペースの都合上,(2)と(3)については省略する.
|