2002 Fiscal Year Annual Research Report
堕落と亀裂の宗教詩:『失楽園』の宇宙世界における実用主義、事実主義、ネオ懐疑主義
Project/Area Number |
14510513
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
鈴木 繁夫 名古屋大学, 言語文化部, 教授 (50162946)
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Keywords | ミルトン / 『失楽園』 / 実用主義 / 事実主義 / 懐疑主義 / 新世界発見 / 語り手 / 驚異 |
Research Abstract |
1 『失楽園』が、実用主義(生活密着型)と事実主義(知識探索型)との両極のあいだでゆれていることを明らかにするために、古典古代から17世紀にかけて実用主義者の系譜を追い、またそれと並行してとくに17世紀の科学に関する事実主義者たちの著作を読んだ。対立する両者の主義に通底している精神的構えが、被造物の驚異への固執と正確な表象へのこだわりであることをつきとめた。この詩の語り口は、たしかにこうした固執とこだわりによる実用事実摸写がある一方で、その両者の地平を超越する真実描写にたっていることを確認した。こうした知見は、論文「「驚異をごらんあれ」:『失楽園』における叙事詩的欲望と逆定言」として提出し、今年中に出版されるミルトン研究書に掲載される。 2 上の二つの主義のどちらでもない第三の立場・ネオ懐疑主義がこの詩の主張を転覆させていることを証明するために、懐疑主義の研究書(例ポプキン)や一次資料(例モンテーニュ)を読み、新事実・怪物・珍奇・不可思議なものについての存在意義を真剣に考慮したネオ懐疑主義者が、宇宙世界への了解可能性という根本的信念にひびが入れていることを確認した。そのひびを弥縫するために、この詩は真実描写が成り立つための条件である、堕落という境界線を仮構していることを明らかにした。懐疑主義者が、堕落は虚構だ、それは事実ではないかもしれないということを説明するためには、確認できないはずのことを表象再現前化するという仮託仮構によって確認するように、詩の語りの手による真実描写は機能している。語り手の物語構築への欲望に、説明する懐疑論者が身をゆだねるはめになる。つまり真実描写の言葉にみなぎっている叙事詩的欲望を否定しつつ、それと同質の欲望にからめとられ、入れ子状にはめこまれてしまう構造があることを、上述の論文で説明した。
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