2003 Fiscal Year Annual Research Report
ペレック『人生使用法』における「制約」とロマネスクの関係に関する研究
Project/Area Number |
14710350
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
塩塚 秀一郎 北海道大学, 大学院・文学研究科, 助教授 (70333581)
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Keywords | ペレック / 人生 使用法 / 制約下の創作 / ウリポ / 絵画 / 美術愛好家の陳列室 / クノー |
Research Abstract |
『人生 使用法』の萌芽段階に書かれた『さまざまな空間』を研究することにより、リストが増殖して小説となるという特異な書法、および『使用法』を特徴づける「空虚」の起源を解明した。リストをもとに想をふくらまし物語を紡ぐという、『人生 使用法』の特異な書法については、『さまざまな空間』「集合住宅」の章に萌芽が認められる。ソール・スタインバーグのペン画から、「目もくらむばかり」のリストを引きだしたうえでこう付け加える。「この絵をもう少し注意深く眺めてみれば、分厚い小説一冊が書けるだけのディテールをなんなく引き出すことができよう」。実際、リストから語りへの移行は、この前段からすでに始まっている。「夏の趣だ。晩の八時ごろだろう(中略)。この建物の所有者はたぶん編み物をしているご婦人だろう(中略)。彼女は経済的苦境に陥って、仕方なく持ち家を貸しアパートに改造し、さらには一番大きな部屋二つを壁で分割する破目になったのだろう」。初夏の宵八時というこの設定は、『人生 使用法』にもそのまま活かされている。こうして、リストが増殖して誕生したはずの集合住宅は、奇妙にも「欠如」にしるしづけられている。欠けた皿、手足を失った人物、住人の居ない部屋。「欠如」、「空虚」は、宿痾のごとく作家にとりついている。「アパルトマン」の章で、ペレックはこんなことを記している。「言葉そのものが、こうした無、空虚を記述するのに向いていなかったようだ」。ペレックが数理的手順やリストのような「制約」を駆使して小説を書かねばならなかったのは、言語そのものに内在する欠陥に抗い、欠如、穴としてであっても、とらえようのない空虚をしるしづけるためだったのである。こうして可視化することが不可避であった「空虚」は、分析治療や自伝執筆などを通じて浮かび上がってきたものである。その起源は作家の母の命を奪った収容所のガス室であった。
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Research Products
(2 results)