2015 Fiscal Year Annual Research Report
ヒト運動制御系における最適フィードバック制御機構の実証
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14J02174
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
林 拓志 東京大学, 教育学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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Keywords | 両手運動 / 片手運動 / 腕到達運動 / プラトー効果 / 数理モデル |
Outline of Annual Research Achievements |
我々の身体運動は、学習によって常に向上していくのではなく、ある一定のところで頭打ちになってしまう。これをプラトー効果といい、このプラトーをいかに打破するかは、臨床現場やスポーツ現場で大きな課題となっている。しかし、これまでプラトーを効率的に打破する手法は提案されていない。本研究では、片手運動と両手運動のような部分的に共通している運動記憶構造をうまく用いれば(Nozaki et al., Nat Neurosci, 2006; Nozaki & Scott, Exp Brain Res, 2009)、プラトーを打破できることを明らかにした。 数値シミュレーションを行うと、片手運動で学習するとある一定のところでプラトーになる。その後、学習をいくら続けても学習量は変化しない(片手トレーニング群)。しかし、その後、両手運動学習を行えば、学習効果が共通する運動記憶領域を介して片手運動へ受け渡され、片手運動のパフォーマンスがさらに向上するという結果が予測される(両手トレーニング群)。 次にヒト心理物理実験を用いて、これを実証した。実験では、手の運動と同期したカーソルをスタート位置からターゲット位置まで素早く正確に動かす、 腕到達運動課題を対象にした。被験者は両手でそれぞれハンドルを握り、左手のみ(片手運動)あるいは両手(両手運動)で、腕到達運動を行った。この時、左手ハンドルに横方向へ力が加わる力場環境を与え、そのような環境下でもハンドルをまっすぐ動かすことを学習させた。実験の結果、片手で十分運動学習させても、両群ともパフォーマンスは理想の60%ほどで停滞するのが明らかとなった。その後、片手トレーニング群は片手学習をいくら続けてもパフォーマンスが向上しないのに対して、両手トレーニング群は片手学習を一切行っていないのにもかかわらず片手運動のパフォーマンスは80%近くまで有意に向上した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
申請者は、ヒト行動実験によって、ターゲット位置から適切な運動指令に変換する視覚運動写像が、運動制御機構(フィードフォワード制御機構・フィードバック制御機構)と運動学習機構の背景要因になっていることを明らかにした。これは、これまで別個に扱われてきた身体運動制御・学習の3要素に共通する背景要因が存在していることを示唆している。最新の身体運動制御理論である「最適フィードバック制御理論」は、フィードフォワード・フィードバック制御機構を明示的に区別していない(Todorov et al., Nat Neurosci, 2002)。最適フィードバック制御理論はその説明力の高さから注目されているが、検証実験は少なく、ヒト身体運動制御機構として脳に備わっているか明らかではなかった。 これまでの研究では、フィードフォワード・フィードバック制御機構が視覚運動写像という区別できない共通要素に基づいていることを示唆しており、最適フィードバック制御理論の実験的なサポートになっているとい う点でも、身体運動制御理論研究の発展に大きく寄与する。本研究成果は、日本神経科学会や北米神経科学会などの国内外の権威ある学会で発表し、特に国際学会 Translational and Computational Motor Control にて、査読付きの口頭発表を行う機会を得た。現在、本研究成果は権威ある国際誌にて査読中である。 また、両手・片手運動の数理モデルから最適な学習方略を数値シミュレーションから予測し、それをヒト心理物理実験にて実証した。ヒト心理物理実験も滞りなく進み、現在論文投稿中である。この結果は、ヒト運動計算論研究を臨床分野やスポーツ分野でも応用可能なところまで落とし込んだ点で非常に大きな意義を持つ。
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Strategy for Future Research Activity |
これまで申請者は、身体運動制御・学習系の関係性について検討を続けてきており、これまで別個に扱われてきた身体運動制御・学習系の3要素は「脳」に備わる背景知識を共通して活用していることを示してきた。 しかし、それらの3要素は「脳」だけでなく、複雑なダイナミクスを持つ「身体」を通しても関連しあっていると考えられる。例えば、我々の腕は、前後左右非対称の構造物である。脳はこのような非対称な構造物を難なく動かしているように思われるが、よく腕到達運動を観察すると、この非対称な構造に応じた運動軌道が現れることが古くから知られている(Uno et al., Biol Cybern, 1989)。しかし、これまで運動学習に、そのような非対称な構造が現れるかは自明ではない。そこで、今後の研究では、腕到達運動を行う時の運動学習動態が、腕という非対称な「構造」に影響を受けるのか明らかにすることを目標とする。これは、身体運動制御・学習系の関係性が、これまで明らかにしてきた脳神経系による要因だけでなく、筋骨格系にも影響されることを明らかにする点で、身体運動制御・学習研究分野に大きなインパクトを与えることが期待できる。
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Research Products
(7 results)