2014 Fiscal Year Annual Research Report
ヒマラヤ社会における伝統医療の再構築-日常における薬・身体・権力の混交-
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14J02820
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
長岡 慶 京都大学, アジア・アフリカ地域研究研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2014-04-25 – 2016-03-31
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Keywords | インド / 伝統医療 / 文化人類学 / 身体 / 毒と薬 / ホスピタリティー / ヒマラヤ |
Outline of Annual Research Achievements |
長期の現地調査を通じ(1)インドにおけるチベット医学をめぐる知識や制度、言説の再編、および(2)ヒマラヤ社会における実際の病いと治療の社会的文脈に関する情報収集と資料の分析をおこない、研究成果を国内の研究会で発表することを中心課題とした。(1) に関し、チベット亡命政府の下にあるCentral Council of Tibetan Medicineが公認する複数のチベット医学組織を訪問し、チベット医学の保護・促進に向けた取り組みについて治療者や研究者、スタッフにインタビューし、政治化や科学化の要素を含んだ形での伝統の構築、当事者である伝統医それぞれの立場や視点の違いを分析した。(2) に関しては、チベット難民が多く居住するヒマラヤ西部のダラムサラおよびヒマラヤ先住民モンパの居住するヒマラヤ東部のタワンにて、人々の日常生活や医療行動、病いの認識、伝統医と民間治療者、患者の社会関係を調査した。また、ネパールにてボン教寺院における伝統薬の精製や儀礼に関する資料を収集し民間治療について聴き取りをおこなった。 本調査と分析から、従来のヒマラヤ地域の伝統医療や病いに関する人類学的研究において論じられることの少なかった薬の精製・分配を介した僧院と医学組織の権威をめぐる結びつき、民間レベルでの医療知識や実践とチベット医学組織のそれとの相違、ヒマラヤ社会に広くみられる「毒を盛る人々」の言説や毒に対抗する民間薬の伝承について明らかとなった。国内の研究会では、薬の精製および毒盛りの言説に注目して、その実践の背景にある身体のとらえ方について発表をおこなった。現在は、当該社会の毒と薬をめぐる実践に関して、呪術論における意識をめぐる議論やヒマラヤ社会のホスピタリティーに関する議論を参考に、もの(飲食物)をやりとりする際の与え手と受け手の社会的差異や緊張関係に着目して考察をすすめている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題は、ヒマラヤ社会におけるチベット医学をめぐる再編について、現地の人々の身体認識や治療実践、薬や権力との関係からとらえフィールドワークと文献調査を通して人類学的研究をおこなうことである。今年度の調査・研究から、チベット医学と近代医療に限られないヒマラヤ地域の医療の多元性や、宗教的権威と薬の効力との関係について具体的な事例とともに詳細を明らかにすることができた。とくに、現地の人々が医療実践の場や日常生活の場において語る薬/毒の両義的・多義的性格に注目したことにより、ヒマラヤ社会にみられる「毒を盛る人びと」という言説と、共同体における社会関係、歓待という実践において表出する身体の差異について探求する糸口を得た。また、インド滞在時には、首都デリーのジャワハルラール・ネルー大学において多様なバックグラウンドの研究者や学生と活発な議論をおこない理論の精緻化を進めた。また京都において日本のヒマラヤ研究の第一人者らを招いて行なわれた研究会に参加し、身体と毒/薬をめぐる発表と議論をおこなったことで、本研究目的を明らかにするうえで重要な視点を得ることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、歓待と毒盛りをめぐる言説に関する議論を中心に論文を執筆し学術雑誌『文化人類学』に投稿する。また、文献調査により欧米社会からのチベットとその伝統医学に対するまなざしの歴史的変化やチベット・ヒマラヤ社会に及ぼした影響について分析する。特に、チベットの医療に対する関心が高まる契機となった『チベット死者の書(Tibetan Book of the Dead)』( Walter Evans-Wentz 1927)が西欧社会に与えたインパクトとその背景、その後の展開に注目して議論をおこなう。さらに、インドへ再び渡航し現地調査をおこなう。調査地は前回と同様にダラムサラおよびタワンとし、チベット医学の治療者による薬用植物の採集や、チベット医学組織が試みている薬用植物の栽培化の取組みについて詳細を調査することにより、現地住民とチベット医との接触や交渉、タワン地域で近年進展する開発の状況との関わりについて分析し明らかにする。研究成果は、国内外の研究会で発表し、議論をさらに精緻化したうえで論文を執筆・投稿する。同時並行して、博士論文の執筆を進める。
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