2015 Fiscal Year Annual Research Report
クォーク・グルーオンプラズマの非平衡時間発展における粒子生成
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14J03462
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
筒井 翔一朗 京都大学, 理学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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Keywords | 高エネルギー重イオン衝突 / クォーク・グルーオンプラズマ / パラメトリック不安定性 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題は、高エネルギー重イオン衝突におけるクォーク・グルーオンプラズマの生成過程を解明することを目的としている。相対論的重イオン衝突によって生成されるクォーク・グルーオンプラズマの著しい性質のひとつに、流体力学を用いて良く記述できるという点が挙げられる。典型的には、クォーク・グルーオンプラズマは原子核の衝突から約1fm/cという短い時間で生成されていると考えられている。このことは、系の熱平衡化時間が短いということを意味する。この急速な熱平衡化を可能にする機構を明らかにすることが、本研究の主要な課題である。 重イオン衝突の初期段階においては、衝突した原子核の間にコヒーレントなカラー電磁場が存在し、フラックスチューブ状の構造を形成していると考えられている。このようなカラー電磁場は不安定であり、粒子生成を伴って急速に崩壊すると考えられている。そのため、カラー電磁場が引き起こす不安定性を調べることは、急速な熱平衡化過程を理解する上で重要である。 今年度我々は、ブースト不変なカラー磁場が存在する膨張系の不安定性を調べ、カラー磁場のまわりのゆらぎがパラメトリック不安定性を示すことを明らかにした。パラメトリック不安定性とは、時間変化する背景場とそのまわりのゆらぎが共鳴し、ゆらぎの振幅が指数関数的に増幅される現象を指す。一般にこの不安定現象は、ゆらぎを特徴づける連続パラメータ(この場合はグルーオン場のゆらぎの運動量)が、背景場とゆらぎの共鳴条件から定まる特定の値をとらなければ発生しない。我々はこの共鳴条件を系統的に調べた結果、低運動量モードが大きな不安定性をもつことを明らかにし、それらの増幅率が運動量空間において特徴的なバンド構造をなすことを明らかにした。これらの結果は、背景カラー磁場のもつエネルギーを消費して、低運動量をもつ粒子が生成する過程の存在を示唆している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度我々は、ブースト不変なカラー磁場が存在する膨張系の不安定性を解析した。非膨張系の場合には前年度の研究により、カラー磁場のまわりのゆらぎがパラメトリック不安定性を示すことを発見していたが、今回我々は系が膨張する効果を考慮に入れても、パラメトリック不安定性が発現することを明らかにした。系の膨張は重イオン衝突を特徴づける性質のひとつで、これを考慮することは現実の系を議論する上で重要である。 パラメトリック不安定性の発現においては、背景カラー磁場とゆらぎの共鳴条件が本質的な役割を果たす。背景カラー磁場が時間の周期関数の場合には、この共鳴条件はFloquet理論と呼ばれる数学的枠組みを用いて系統的に調べることが出来る。しかしながら、膨張系では背景カラー磁場が時間とともに減衰するため、もはや周期関数ではなくなり、このFloquet 理論が適用できなくなるという困難があった。これに対し我々は、膨張宇宙を議論する際に用いられる座標系のひとつである共形座標を導入することにより、膨張するグルーオン場の系を非膨張系に帰着させることでこの問題を解決した。 共形座標では、ゆらぎの運動量は有効的に時間に依存するとみなせる。この有効運動量は、縦成分(カラー磁場と平行な成分)と横成分(カラー磁場と垂直な成分)で性質が異なり、縦運動量は時間とともに減少するが、横運動量は増加することが分かる。このような運動量の時間依存性を考慮することにより、系が膨張する効果は縦運動量をもつモードの不安定性を増幅させ、反対に横運動量をもつモードの不安定性を抑制することを示した。ただし、重イオン衝突に典型的なスケールにおいては、縦方向・横方向のどちらの不安定性も無視できないことも分かった。 以上のように、我々は新たな理論的発見を重ねており、研究はおおむね順調に進展しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
我々がこれまでに得た結果は、重イオン衝突において、背景カラー磁場が時間とともにエネルギーを失い、低運動量をもつ粒子が生成する過程の存在を示唆している。そのような過程を通じてグルーオンが大量に生成されると、系は過占有(overpopulated)と呼ばれる状態になると考えられる。ボース粒子系の場合、平衡状態における粒子数Nはボース-アインシュタイン分布関数の積分で与えられる。与えられたエネルギーに対して、Nを化学ポテンシャルの関数として見たとき、Nには最大値が存在する。過占有状態とは、粒子数がこの最大値を上回る状態のことである。過占有系においては、その後の非平衡過程においてボース-アインシュタイン凝縮体(BEC)が動的に生成される可能性が理論的に示唆されている。この動的BEC生成現象を詳しく調べることにより、重イオン衝突の非平衡過程に関する知見が得られると期待される。 動的BEC生成時には、運動量ゼロの状態に向かう粒子数の流れ(カスケード)が生じ、その性質が少数の普遍パラメータのみによって特徴づけられることが示唆されている。すなわち、動的BEC生成は系の詳細に依らない普遍的な現象である可能性がある。このことは、重イオン衝突の中間状態を同じ普遍クラスに属するより簡単な模型を用いて解析できる可能性を示唆している。そこで今後は、2粒子既約(2PI)法と呼ばれる量子論的な枠組みに基づき、動的BEC生成の性質を明らかにすることを目標とする。2PI法とは、結合定数の任意次数の量子効果を取り入れた時間発展方程式を、保存則と無矛盾な形で導出する手法で、非平衡過程の第一原理的な定式化を与える枠組みである。動的BEC生成は未解明な点が多いため、理論的取り扱いが容易なO(N)対称性をもつスカラー場の理論の場合にまず議論する。
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Research Products
(8 results)