2014 Fiscal Year Annual Research Report
宗教コミュニティにおける多言語使用:スタイルシフティングの視点から
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14J05172
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
山下 里香 東京大学, 東洋文化研究所, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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Keywords | コードスイッチング / スタイルシフト / 移民 / 多言語使用 / バイリンガリズム / 社会言語学 / 言語人類学 / 言語社会学 |
Outline of Annual Research Achievements |
【①宗教コミュニティの中の成人と子ども―言語による社会化】 本年度は、既にあるモスク教室内自然談話のより詳細な分析を進めたほか、首都圏内における在日パキスタン人主催のイベント3件、個人宅訪問、個人イベントにおいて調査を行なうことができた。分析の結果わかったことは、モスク教室の児童らによる日本語と「親世代の日本語」スタイルの切り替え(crossing)は、親世代と対等な立ち位置(positioning)に立つためのストラテジーであるだけでなく、親世代への挑戦や、親世代の権威との同調(alignment)としてのストラテジーであることがわかった。また、前者のストラテジーは、調査第I期に見られた一方、後者のストラテジーはその一年半後である調査第II期に見られ、児童の心理的発達と社会関係とのつながりが示唆される。 【② 在日パキスタン人の日本でのアイデンティティの構築】 在日パキスタン人イベントでは、新たにパキスタン人児童のための教室を作ろうという言説が聞かれた。子ども世代も、そのためのスピーチ等を行なっていた。しかし、そうした子どもたちでも、家庭内でウルドゥー語を使用するのはわずかであった。パキスタン人児童のための教室開室という言説は過去にもあるが、本件がどのように議論され、発展するか、今後の継続調査が待たれる。一方で、20代の若者の中には、こうした行事に参加し、パキスタン人としての意識が強くありながらも、「グローバル人」と自らを呼ぶ人もいた。また、「パキスタン」という属性を保持する傾向の高さは、ウルドゥー語の流暢さや使用頻度とは関係がなかった。 【③ 書き言葉・デジタルメディア:宗教アイデンティティの構築と維持】 オンラインSNSでは、文字だけでなく、画像・「スタンプ」の使用が増えた。このことが、ウルドゥー語・アラビア語文字体系の使用頻度の減少を抑えていることがわかった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
【雑誌論文】9月に国内誌『社会言語科学』の特集号「多言語社会日本の言語接触に関する実証研究」への投稿論文「モスク教室における在日パキスタン人児童のコードスイッチング」が採択され、発刊された。 【国内研究発表】国際学会2件、国内学会1件、国内研究会1件にて研究発表を行なった。うち国際学会であるIUAES大会で発表した内容に関しては、国際誌の特集号への論文掲載の企画が進んでおり、その執筆に向けて打ち合わせが進んでいる。 【国外研究発表】社会言語学で最も大きな学会のひとつであるSociolinguistic Symposium 20において、南アジア系児童の世代間コミュニケーション、特にcrossing現象の時間的な変化に関する研究発表を行なった。現在、国際誌論文を執筆中である。 【国内フィールドワーク(調査、研究会参加)】首都圏内における在日パキスタン人主催のイベント3件、個人宅訪問、個人イベントにおいて調査を行なうことができた。言語学、日本語教育学、日本語学の分野における、日本語のスタイルシフトに関する研究会・学会・ワークショップに多数参加した。 【海外フィールドワーク(資料収集、打ち合わせ)】ロンドン大学・キングスカレッジにおいて、crossing研究の第一人者であるBen Rampton教授をはじめとして、都市に暮らす南アジア系移民の多言語使用の研究グループとの研究の打ち合わせを行なった。また、ロンドンや米国における南アジア系移民の多言語使用に関する資料を収集することができた。 【その他】博士論文の出版(仮題)『在日パキスタン人児童の多言語使用』)が決定した。三省堂『明解言語学辞典(仮称)』内、「スタイルシフト」、「コードスイッチング」等6項目を担当、執筆した。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は、引き続き言語学的な観点からの日本語のスタイルシフト研究を継続し、9月の社会言語学会等で発表するほか、言語社会学・言語人類学的な観点からのスタイルシフト研究を推し進める。6月の香港の学会では、日本のオンラインメディアによる、日本語・英語の接触スタイルの言及のされ方に関する考察を発表する。7月には、シカゴ大学に滞在し、言語人類学の理論における第一人者であるSilverstein教授ほかのセミナーに参加し、既にあるデータの理論的貢献の可能性を探り、その成果を組み込んで国際誌投稿論文にまとめる予定である。 動態学的な要因や、近年の理論的動向により、当初の計画にあった、モスク教室の談話録音やアンケートは行なわなかった。その代わり、成人の自然な談話をとることが、コミュニティや個人のアイデンティティや、スタイルシフトの研究を、今後より推し進める可能性があると感じた。そのため、前年度2月に習得したdocumentation linguisticsの技法を生かした、在日パキスタン人の談話コーパスの作成にも着手する。昨年に引き続き、在日パキスタン人コミュニティのイベントのフィールドワーク調査を行なうほか、日本語やウルドゥー語ないし英語による、個人の談話の収録を目指す。 昨年度達成できなかったパキスタン渡航・調査・研究打ち合わせを、国際学会がイスラマバードで開催される10月に合わせ、行なう。またその国際学会では、パキスタンの社会言語学者が多く参加することが期待され、アラビア語・ウルドゥー語のスタイル観についてもより多くの情報が得られることが期待できる。 在日パキスタン人のアイデンティティおよび書記言語に関しても、イベントや個人宅訪問、インタビューを通して、調査を継続する。
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Research Products
(7 results)