2014 Fiscal Year Annual Research Report
現代フランスにおける〈記憶の営み〉と反人種差別--新たな抵抗のかたち
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14J06775
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
田邊 佳美 一橋大学, 社会学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2014-04-25 – 2016-03-31
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Keywords | 移民 / 国際情報交換・フランス / 記憶の営み / 歴史 / 人種 / ジェンダー |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、現代のフランスで、旧植民地出身移民の子孫による〈記憶の営み〉がもつ意味を分析することで、既存の研究(移民研究・反人種差別運動研究)が把握できなかった知的領域(歴史)における人種的境界の問題を明らかにし、それへの抵抗の可能性を提起することを目指している。 そこで平成26年度は、三都市を拠点とする三団体(ブラン=メニル市のQUEN、ヴィレルバン市のCLAP、トゥールーズ市のTactikollectif)の、映像制作や演劇などの文化・芸術的活動における過去の表象とそれに関わるメンバーの語りを分析対象に設定し、分析データを得るための参与観察と聞き取り調査を実施した。 結果として、女性メンバーのみからなるQUENでの調査を集中的に実施したために、〈記憶の営み〉に付与される意味の差異を生む要因としてすでに指摘されてきた世代の側面に加えて、これまで明らかにされてこなかったジェンダーと人種の要素が交差する側面に関わる重要な分析結果を得ることができた。 すなわち、反性差別の形をとるイスラム嫌悪症が「道徳的なレイシズム」として正当性を得ている社会的文脈で、QUENのメンバーが反人種主義の観点から意図的にフェミニズムと距離をおき、公的な場で性差別に関わる言及を避ける様子が明らかになった。この点は、ジェンダーと人種が交差する文脈における、調査者の「私」の社会的位置から一層明らかになる。フランス社会における「私」が、人種的には「良く統合された」一方で「女性が抑圧された」「アジア人」の位置にあることから、「同様に」抑圧された女性像を押し付けられたもの「同士」の「私」に対する語りと公の場での発言の間で女性たちの「語り分け」が見られたためである。これは、「私」の研究・調査者としてのポジショナリティにも関わる問題であり、今後の分析につながる重要な成果を得たといえる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
平成26年度の調査がQUENに集中した結果、すでに本調査が軌道にのっていたTactikollectifでは必要に応じて補足的調査を実施できたが、調査の初期段階にあったCLAPに関してはほとんど調査を実施できなかったため、平成26年度中に調査全体を終了するという当初の計画に遅れが生じた。 一つ目の理由は地理的なもので、三都市の間を移動する資金と時間における制約から、全団体での調査計画の実行が難しくなり、すでに調査の実施可能性が高かった二つの団体を優先したためである。長期調査の拠点としているパリ市に近接するブラン=メニル市でのQUENに関わる調査はその点において一番実効性が高かったと言えるが、この団体に関わる調査が長期化したのが二つ目の理由である。メンバーの間に外部の調査者に対する不信感が根強かったため、なかなか聞き取り調査が実施できなかったことがその要因となった。三つ目の理由は、平成26年度のはじめに、予期せずCLAPの代表者が渡米したことで、キーパーソンである彼が不在のなかでの他のメンバーへの聞き取り調査と団体の活動への参与観察が困難になったためである。 このように、調査上の重要な遅延は生じたが、他方で研究方法や分析枠組みに関しては進展があったため、「やや遅れている」とした。
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Strategy for Future Research Activity |
三都市における調査を同時並行的に行うことの困難さが明らかになったため、平成27年度は当初の予定を変更し、長期海外調査を平成27年度の後半まで延長して各都市における中期的な調査を実施する。より具体的には、平成27年度の前半(4月~7月)にQUENにおける調査を完結させ、後半(9月以降)はヴィレルバン市に滞在しながら集中してCLAPに関わる調査を実施することで、三都市間における移動を最小化する。7月~8月に日本に帰国する時期を利用してこれまでの調査結果の分析をすすめ、平成27年度末に研究を完成させることを目指す。 分析方法・枠組みの精緻化に関しては、分析対象となる〈記憶の営み〉の背景として三レベル(国家/社会レベル・団体レベル・研究者レベル)の時系列的変遷を交差させることを目指す。歴史を含む知識の生産領域における人種的境界という、知識社会学的な側面を含む問題を扱う本研究において、私自身の研究活動の軌跡それ自体を分析することは問題の背景を立体的に把握する上で重要な側面をなす。団体レベルの軌跡の分析については、QUENとTactikollectifに関する分析を平成27年度の前半に進め、CLAPでの調査と同時並行で三団体の比較を行っていく予定である。公共政策を中心とする国家/社会レベルにおいて〈記憶の営み〉をめぐる言説・表象を分析した結果、〈排除のレジーム〉と〈支配のレジーム〉という二つのレジームが見られた。これらのレジームへの抵抗という文脈で〈記憶の営み〉を分析する場合に、複数の「戦術」(「所有権の探求」「継承の探求」「共有の探求」「承認の探求」「主観的資源の探求」など)が、人種/エスニシティ・世代・階級・ジェンダーの側面との関係で、どのように選択されるのかに着目して分析を進める予定である。
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Research Products
(3 results)