2015 Fiscal Year Annual Research Report
カズオ・イシグロの作品における語りと現代世界文学をめぐる「翻訳」の研究
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14J07299
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
中嶋 彩佳 大阪大学, 文学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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Keywords | カズオ・イシグロ / 世界文学 / 翻訳 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、英語圏を中心に生産され、世界中で流通、消費されている現代「世界文学」と呼ぶべき文学テクストについて、そのグローバルな生産、流通、消費という社会的コンテクストを考慮しつつ、「世界文学」が必然的に伴う「翻訳」という過程が作家に与える影響とその重要性について、日系イギリス人作家カズオ・イシグロの小説を中心に分析を行うことである。 昨年度も取り上げたイシグロの初期「日本小説」(『遠い山並みの光』、『浮世の画家』)は、5歳で日本を離れた作者が、幼少期の記憶と、その後イギリスで見聞きした日本映画や小説、漫画、両親からの話などと組み合わせて構築した、事実と虚構がない交ぜになった屈折した「日本」が特徴的である。この虚構の「日本」は、西洋のステレオタイプ的な日本のイメージで構築されており、西洋で人気のある日本人作家の小説の翻訳とは全く異なる、世界文学作家イシグロによる日本の「翻訳」である。Ishiguroは、英語圏を中心とした西洋のステレオタイプ的な日本のイメージを多分に利用しながらも、その虚構性を露呈させているということを、それを描く「擬似翻訳的文体」との関連性から明らかにした。 初期小説における虚構の「日本」と同様に、イシグロは、第3作『日の名残り』においても、イギリスという小説舞台を構築するために、カントリーハウスや田園風景、貴族と執事という1980年代当時ヘリテージ映画の流行によって定着した「イギリスらしさ」のイメージを多分に利用している点を取りあげた。映画化されたマーチャント・アイヴォリー版の『日の名残り』との比較によって、イシグロがヘリテージ映画によって濫用され、一種の神話となったノスタルジックな過去の「イギリスらしさ」のイメージを用いながら、その神話から消されてしまっている大英帝国時代の負の側面を、テクストの中で次第に前景化していることを示した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
アメリカのペンシルベニア大学で行った4か月間の研究調査によって、アダプテーション理論、ヘリテージ映画論、カントリーハウス社会史・文化史など、『日の名残り』を論じる際に必要な多岐にわたる研究書にあたることができた。この間に調査・整理したアダプテーション理論は、来年度に取りあげる予定の『充たされざる者』と『わたしを離さないで』を分析する際にも必須であるので、研究実績は少ないものの研究は順調に進展していると考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は映画化不可能と言われている『充たされざる者』と実際に映画化された『わたしを離さないで』を取り上げる予定である。『充たされざる者』に関しては、小説の語りのどのような特徴が映画化を拒むのかということについて、映画と小説のメディアの違いを考慮しつつ分析を行う。『わたしを離さないで』は、映像化されることも多いSFの枠組みやコンベンションを利用しながらも、いかにそこから逸脱し、イシグロ独自の世界観を構成しているかという点を中心に分析する予定である。
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