2004 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
15330065
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
粕谷 誠 東京大学, 大学院・経済学研究科, 助教授 (40211841)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
橘川 武郎 東京大学, 社会科学研究所, 教授 (20161507)
原田 純孝 東京大学, 社会科学研究所, 教授 (50013016)
加瀬 和俊 東京大学, 社会科学研究所, 教授 (20092588)
名武 なつ紀 関東学院大学, 経済学部, 講師 (20345276)
植田 欣次 創価大学, 経営学部, 教授 (40232748)
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Keywords | 不動産 / 電気鉄道 / 住宅開発 / 賃ビル / 都市計画 / 財閥 / オフィスビル |
Research Abstract |
明治維新の結果、江戸(東京)と大阪をはじめとする大都市(城下町)は、武士の帰郷などの要因によって衰退した。しかし社会が安定し、諸産業が勃興して来るにともない、都市への人口集中が始まるようになる。東京や大阪ではほぼ明治20年前後のことである。こうした人口圧力を受けて、既存の市街地の外延部に住宅地が開発されるようになる。しかし東京と大阪ではそのスタイルが異なっていた。東京は市内に旧大名の庭園が数多く存在していたため、それらが漸次住宅地として開発されていったのに対し、大阪は市内にそういう用地がほとんど存在せず、大阪市の外に住宅地が開発されることになった。その主たる担い手が、電気軌道会社であった。電鉄会社は鉄道業の採算性を向上させるために、住宅地を開発して、利用者の増加をはかるのみでなく、電気供給事業を兼業し、配電をおこなった。さらには不動産を開発し、そこからの開発利益を獲得することまでおこなったのである。関東ではこうした動きがおきるのは、戦間期となるが、明治20年以降、本郷や赤坂といった当時の市街地(日本橋・神田周辺)の外延部に、住宅地の開発が進んでいった。そこでは大資本というよりは、大小の地主、さらには土地を持たずに借地して、借家を建設するものが入り乱れて土地開発をおこなった。横浜や新潟といった遠隔地に居住する資本家が土地投資をおこなっており、資産の運用先としても、極めて有望なものであった。これを支えた金融システムは、近代的な金融機関としては、普通銀行が不動産担保の融資をおこなったほかは、専門の金融機関が整備されるのは、1910年代に入ってからであり、在地の金融がこれを支えていたものと推測される。
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Research Products
(7 results)