2003 Fiscal Year Annual Research Report
日本的な道徳意識についての比較思想論的な究明―和辻倫理学を手がかりとして―
Project/Area Number |
15520029
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Research Institution | Hosei University |
Principal Investigator |
星野 勉 法政大学, 文学部, 教授 (90114636)
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Keywords | 倫理学 / 道徳規範 / 和辻哲郎 / 人格の同一性 / 信頼 / 公共性 / コミュニタリアニズム / 徳倫理学 |
Research Abstract |
近代西洋の倫理学との比較における和辻倫理学の特徴は、1)倫理をたんに個人意識の問題とする個人主義的人間観を採用しない、2)歴史・風土の問題も視野に入れながら、夫婦間から国家にいたる具体的な「間柄」を基盤として倫理学体系を構想している、という点にある。現代の西洋において和辻倫理学に近い立場は、コミュニタリアニズムや徳倫理学ということになるが、問題の射程の広さと具体性において、和辻倫理学の方が優っている。 和辻にとっては、近代哲学の出発点であるデカルトのコギトでさえも「間柄」によって裏打ちされているが、この「間柄」に規範的性格を与えるのが「信頼」にほかならず、これが倫理・道徳の根幹をなす。だから、「信頼に答え真実を起こらしめることが善であり」、「信頼を裏切り虚偽を現われしめることが悪である」と主張される。和辻倫理学を日本的な道徳意識の的確な表現とみなすかどうかについてはなお検討の余地があるが、日本的な道徳意識を考える上での重要なヒントがそこに示されているとみてよい。 ところで、「信頼」は、約束を守ることにおいて示されるように、他者の「人格の同一性」に対する信に根拠をもつが、この「人格の同一性」はと言えば、それだけで成立するのではなく、他者がそれを承認し、信頼することを介してはじめて成立する。ここには循環があるが、この循環の根底にあるのが、「未来に働き込んで行く過去」=「伝統」に裏打ちされた、精神的であるとともに感情融合的でもある「共同体」にほかならない。 ここに和辻倫理学の何たるかが示されているが、同時にまた、その問題点も浮き彫りにされている。問題点とは、和辻倫理学が、一方で、人間存在の回避しがたい歴史的・風土的特殊性、多様性という論点を打ち出しながらも、他方で、均質な共同体を想定することによって、他者の他者性と伝統の外部に目を閉ざし、社会性や個人それ自身を正当には扱っていないという点である。それはまた、究極の価値基準を「国家」に置き、しかもそれを家族の延長上に構想することに付随する問題ともかかわっている。したがって、ここにおいて、和辻自身が『風土』において展開している「公共性」という観点から、個人、社会性、国家をどう捉え直すかということが、課題として立てられる。この課題は、和辻倫理学、および、日本的な道徳意識を批判的に再検討することを通じて、対応される必要がある。 以上が今年度の研究成果であるが、それは、比較思想論的な観点から、和辻倫理学、ひいては日本的な道徳意識の問題点の所在の確認にとどまる。和辻倫理学の意義と限界とを究明することを通じて、日本的な道徳意識を解明すること、これが次年度の課題となる。
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