2003 Fiscal Year Annual Research Report
ペーター・ハントケの文学における自然描写が持つ近代批判的な意味に関する研究
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15520145
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Research Institution | Akita University |
Principal Investigator |
服部 裕 秋田大学, 教育文化学部, 助教授 (40180905)
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Keywords | ペーター・ハントケ / 言語 / 自然描写 |
Research Abstract |
本年度は2年間の研究計画の初年度にあたり、まずは計画実施のための基盤作りに努めた。具体的には、ペーター・ハントケ文学のなかで自然描写が重要な意味を持ちはじめた作品を精読し、自然描写が如何なる契機でテーマの中心を形成しはじめたかについて考察した。この計画指針に基づいて、次の二つの作品に取り組んだ。一つは"Wunschloses Unguck"(1972年)であり、他は"Die Lehre der Sainte-Victoire"(1980年)である。 前者は作家自身の母親の自殺をきっかけにして書かれた作品であり、それまでの言語実験的な理論的作品と比較して明らかに社会現実的な物語性を備えた作品である。従来の作品が社会全体のシステムの問題を言語モデルのなかに理論的に表現してきたのに反して、同作品は現実を生きた個別の人間の姿を描写することでシステム全体をあぶり出そうとしていると言える。社会的現実のなかで個としての人間が如何に抑圧され、泡沫のように消えていってしまうかを、自らの言語使用を許されない女性(母親)の状況を叙述することで表現している。人間の存在のそうした不確かさをハントケに気づかせたのは、確固とした実在として自己主張する「自然」であった。この認識を契機にして、ハントケはどのようにしたら存在する「もの」の実在に迫る言語世界を創造できるかという、大きな文学的テーマを意識化することになる。 ハントケは特に80年代以降、言語によって事物を叙述することを通じて、実在としての言語世界を構築することを目指すようになる。"Die Lehre der Sainte-Vicoire"はその代表的な作品の一つであり、作家は同山を描き続けたセザンヌの軌跡を辿りながら、事物と言語並びに言語と人間存在との関係を明らかにしようとしする。本年度は最後に、同作品がどのように現実のサント・ヴィクトワール山を描写しているかについて、現地に赴き実地に検証することで理解を深めた。その成果に基づいて、ハントケ文学の自然描写の意味をより具体的に明らかにするのが、来年度の課題である。
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Research Products
(1 results)