2003 Fiscal Year Annual Research Report
トマス・ハーディの作品における時間と二重性の自己の問題
Project/Area Number |
15520185
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Research Institution | The University of Tokushima |
Principal Investigator |
宮崎 隆義 徳島大学, 総合科学部, 教授 (80157627)
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Keywords | トマス・ハーディ / Thomas Hardy / 時間 / 二重性 / 自己 |
Research Abstract |
トマス・ハーディの長編小説について、現在までに様々な視点からの論考を加えてきたが、時間の進展に応じて変容する人間の姿、特にその内面と、その時間の進展によってすり替わり繋ぎ替わる人間関係という視点からさらに論考を加えようとした。平成15年度は、これまで行ってきた研究の継続でもあり、長編作品研究の補完的研究として、短編小説集『人生の小さな皮肉』のうち、「良心ゆえに」を対象として取り上げた。これまでに「幻想を追う女」、「息子の拒否」、「西部巡回裁判の途上」を対象とし、一貫して「不釣り合いな結婚の生態-「共感の通路」を求めて-」をテーマとして論考を重ねてきたが、本年度に取り上げた「良心ゆえに」では、研究課題に掲げているように、時間の推移による心理の変容に焦点を当ててみた。 若いときに人間関係の通路を繋いで、結婚の約束をしたものの、それを反故にした男が、20年の歳月を経て、良心の呵責から相手の女性と娘とを捜し出して結婚の約束を果たそうとする。いったん繋がれかけた「共感の通路」は、約束の反故によって無惨にも絶たれる。20年に及ぶ男の良心の呵責は、結婚を約束した女への同情から、やがては自分の不作為に対する埋め合わせの代償行為となっていることに男自身は気づいていない。20年の時の流れは、確実に良心のその呵責の意味を変容させていた。約束通り結婚を果たしはするものの、女も娘も気が進んでのことではなく、むしろ、その結婚によって、娘のよりよい結婚話が危うくなってしまうのである。「共感の通路」の回復を図ったかに思われた20年の歳月を経ての結婚の約束の履行は、お互いがすでに確立していた生活を乱し、その生活の延長上に約束されようとする未来を危うくするものでしかなかった。男はそのことを思い知らされ、妻と娘のもとを去り、自分の存在を消すべく名を変え遠い地で余生を送ることになるのである。時間の推移により過去の姿と現在の姿との二重性が端的に表されている作品であるといえる。 平成15年度はコンピュータを更新し、主に論文作成を行いつつ、文献資料等、研究をまとめるために必要なデータベースとして部分的に構築化してきた。また、資料収集のため、さらには研究の視野を広げるべく適宜研修旅行を行ってきた。
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Research Products
(1 results)