2005 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
15520468
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Research Institution | Kwansei Gakuin University |
Principal Investigator |
田中 きく代 関西学院大学, 文学部, 教授 (80207084)
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Keywords | 救貧 / 里親制度 / 孤児労働 / ナショナリズム / 人口移動 / 児童援助協会 / 児童福祉 / C・L・ブレイス |
Research Abstract |
ジャクソニアン期に入ると、社会改革運動をめざす多くの連帯が生まれた。こうした連帯活動は、老若男女を問わず、身近な集会から連邦レベルの運動まで、多岐にわたるものであったが、そうした社会改革蓮動の矛先は、東部の都市部では貪困の撲滅に向けられ、特に路上にたむろする貧窮児童は、目に見える深刻な存在と受け止められた。子どもを救済する施設も創設されたが、子どもは施設収容では救済されないという人々が現れた。特に、1850年代になると、子どもを施設から解き放つべきだとする声が大きくなり始めたが、その児童救済を指導し、全国的に模範とされたのが、本研究の主体であるチャールズ・L・ブレイスと彼の創設したニューヨーク児童援助協会である。ニューヨーク児童援助協会のネットワークによって西部に委託された子どもの数は、彼らが孤児列車を実施した約80年間の間に、ニューヨークから出発したものだけでも、約20万人に上ると算定されている。 さて、19世紀中ごろからニューディール直前まで実施された「孤児列車」事業は、東部におけるアメリカ的な慈善観や家族観を西部に移植し、孤児を通してアメリカン・ナショナリズムの一体化を試みたものだとされる。だから、「孤児列車」を通して、19世紀ナショナリズムが表出した諸相を検証することができるが、それは、極めて多岐にわたる。それは、「孤児列車」が時代の縮図であり、子どもの歴史、あるいは子ども観の歴史であり、家族の歴史である。また、女性の歴史でもあり、移民史・民族関係史の一こまでもある。さらに、東部あるいは西部の都市政策史であり、東部、西部を問わず、コミュニティの歴史であり、支援した人々の社会的ネットワークの歴史でもある。また、なによりも子どもの労働移動の歴史であるからである。
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Research Products
(2 results)