Research Abstract |
わが国における,クエーカー教徒のジョーゼフ・ラウントリー(1836-1925)に関する研究は,筆者のものしかない.J.ラウントリーの社会改良思想の特徴は,上流階級にみられるような,富者による貧者に対する慈善活動に限定することなく,中流階級の立場から,フィランソロピーでありながら,固有な社会改良政策をうちだし,実践した点にみられる.ことに,彼の創設した三つのトラストは,民間の自発的非営利団体として,いまなお健在で活発に活動し続けている. 今回の研究では,彼のフィランソロピー活動の背景にあった社会経済に関する認識に焦点を合わせた.その結果,(1)すでに30歳頃に,独自の社会分析を行い,英国社会の貧困の実態を描き出していたこと.しかもそれは,同時代のD.バクスターのそれと比べても,かなりの精確さで捉えていた,と言えること.また,晩年においては,(2)経済社会の分析に関しては,資本の定義や源泉,機械導入が労働者にもたらす影響などについて,当時の経済学に関してかなり正確な知識をもっていたこと.(3)英国社会の富裕化にもかかわらず,貧困が残っていることを確認した上で,(4)その解決策として,国家信用を世界市場の争奪戦に向けるのではなく,地域社会の暮らしの豊かさを実現する方向へと転換すること,そして(5)企業家と労働者がそれぞれの社会的責任を認識した上で,相互にパートナーシップの構築を目指すべきだという方針を提起していることが明らかになった. 特に,(4)と(5)で提起された解決策の方向は,長期の不況に陥っている今日のわが国にとっても,大いに参考になるものと言える.
|