2005 Fiscal Year Annual Research Report
東方領土問題と戦後ドイツのナショナル・アイデンティティ
Project/Area Number |
15530318
|
Research Institution | Hosei University |
Principal Investigator |
佐藤 成基 法政大学, 社会学部, 助教授 (90292466)
|
Keywords | ナショナル・アイデンティティ / 解釈図式 / 領土問題 / 東方領土 / 追放 / 公共的言論 / ドイツ / 歴史の記憶 |
Research Abstract |
1972年以後のドイツ東方領土問題を検討するというのが、本研究プロジェクトの目的だったが、今年度は第一に1990年のドイツ統一前後の東方領土問題を、オーデル=ナイセ線の承認、旧東方領土に残留するドイツ人マイノリティ、被追放者の「故郷権」、「追放」の歴史的記憶などのいくつかの争点の連関関係に注目しながら明らかにしていった。その結果、1990年の最終的なオーデル=ナイセ線の正式承認によって、東方領土問題に関連するこれまで半ばタブー視されてきた人権・権利問題や「追放」の不正性に関する記憶など、領土問題の非領域的な側面が、それ以前よりもむしろ公然と主張され、公的言論界でのテーマになっていったということがわかった。そしてそれが、1972年以後、「統一」を経て、1999年の「ベルリン共和国」(ベルリン遷都)にいたる、「ホロコースト・アイデンティティ」(アウシュビッツやホロコーストなどナチスが犯したドイツの犯罪的過去を「克服」し、ヨーロッパの平和や人権問題に貢献することがドイツ人の義務であるとするナショナル・アイデンティティ)が<主流>化していく流れに対抗し、<ホロコースト・アイデンティティ>の歴史的前提であるナチス・ドイツの犯罪という過去を、ドイツ人が暴力的に「故郷」から追放されたというもう一つの過去(そこではドイツ人が犠牲者・被害者として認識される)によって相対化していくという動きにつながった。この研究を始めた平成15年以後、ドイツでは「追放」に対する公共圏における注目度が高まり、ドイツの「過去」をめぐる認識も変化しようとしている。東方領土は、事実上外国に併合されて60年近く、正式にそれを放棄してから15年を経ているが、依然としてその「亡霊」はドイツの政治や社会、特にそのナショナル・アイデンティティに影を投げかけているといえる。また、本研究は経験的研究であると共に理論的研究としても計画されている。ここでの理論的視点としては、ナショナル・アイデンティティを、公共的言論界the field of public discourseにおける複数の「ネーション」に関する解釈図式が共存、交錯、対立する過程からとらえるというものだった。「ネーション」の概念が普及し、人口に膾炙するにつれ、それに関する解釈はますます多様になり、どのナショナル・アイデンティティも論争にさらされる。本研究で考察した戦後ドイツのナショナル・アイデンティティも、まさにこの枠組みで理解されるような過程をたどってきた。戦後支配的であった「帝国アイデンティティ」(「1937年のドイツ」に依拠したナショナル・アイデンティティ)は「ホロコースト・アイデンティティ」に次第に圧倒されていき、さらに最近数年は後者のアイデンティティも相対化の動きにさらされている。この論争性自体が、現代におけるナショナル・アイデンティティの作用の仕方の特性(その「健全性」)を現していると言える。なお、当研究に関して今年度出版された論文等はないのだが、現在執筆中の成果報告書は後で一挙に単著として出版する予定である。
|