Research Abstract |
研究動機は,心豊かな生涯のために美術に親しむ鑑賞経験を在学中に実現させたいという点にある。そこから,美術館の所蔵作品をもとに教室で充実した鑑賞活動を実践し,それに触発された子どもが自ら美術館で原作に触れる,そこから美術鑑賞を身近にすることを目指し,鑑賞実践の広がりを図った。 研究経過は,義務教育段階における造形活動と美術館コレクションとの関連・融合を図る鑑賞学習モデルを開発・実践しながら評価修正し,事例を蓄積した。フィールドは,財団法人大原美術館と倉敷・岡山地区の小学校,東京国立近代美術館と都内の中学校,京都国立近代美術館と京都市内の小・中学校,以上3地区の美術館と学校に設定した。学芸員と教員が協議を重ね,相互に対応が可能・不可能な事項を明らかにして具体的作品と鑑賞活動のイメージを構想し,実践により検討修正を加えて事例を蓄積した。岡山地区:パズルによる遊びから美術作品に親しむ活動。京都地区:教室で制作を伴う鑑賞や美術館での鑑賞。東京地区:美術科カリキュラムと美術館コレクションの結合。 中間報告として社会から評価を受け鑑賞理念を整理するため,2004年12月,京都国立近代美術館講堂にてシンポジウムを実施した。焦点:●両者がかかわる意義=将来の鑑賞者を育てるために美術館の教育力を高める。●鑑賞のありかた=評価の問題-外部から評定することには異議。鑑賞を場面だけで量ることは危険,子どもの中でどう変わるか。●鑑賞と言語化の問題=言語化は言語の持つイメージの伝達力を重視。どう用いるかは教師の意図と判断。 研究の集約として,学校現場において美術鑑賞実践を促進する教員向けのガイド・ブック『美術を身近なものにするために-鑑賞実践ガイド-』(2006)を作成した。この冊子は,美術館のコレクションと学校の造形活動との融合を扱った前述3地区の鑑賞実践から構成され,次のような特徴がある。●教室で活用できる鑑賞資料となる精度の高い美術館作品の大型図版を掲載し,主要発問例(ディスカッション・ポイント)を示す。●実践事例の提示を簡潔にし,教員の主体的な展開を促進。●実践に必要な情報を,学芸員が具体的に執筆(相談窓口等)。*本書の特長=作品図版・実践例・必要情報を併せて掲載。実践の資料がない状況を改善し,教室で美術館作品の鑑賞実践を可能にした。 研究成果は,美術館と学校の距離の短縮,実践に合せて美術館が常設作品を選定するなど,両者連携の可能性を示したことである。ある館は,教育実習や大学授業への対応も検討する。シンポジウムで提起された「美術館は変わった。学校も変わって-」は,実践を広める主要な概念といえる。課題は,鑑賞活動の質的検証の方途や評価観の整備,鑑賞活動に伴う著作権利用への研究である。
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