2006 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
15560553
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Research Institution | Nishinippon Institute of Technology |
Principal Investigator |
高見 敞志 西日本工業大学, デザイン学部, 教授 (60069820)
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Keywords | 近世城下町 / 設計原理 / 縄張 / 地選 / √<2> / 三角形 / ヴィスタ / モデュール |
Research Abstract |
本研究は近世城下町の設計原理の解明を目的とし、次の4課題に焦点を絞り考察した。(1)城郭の位置決定法(2)城郭城下町の主要施設の配置法(3)町割・街路の線引きの方法(4)街区割の基本形である。 上記4研究課題に対して研究成果を踏まえ、次の4仮説をたてこれを実証した。(1)城郭の中心天守の位置決めは藩主崇敬の古社古刹と視軸並びにα三角形60間モデュールを用いて決定したのでは。(2)こうして決まった天守を基点に、視軸とα三角形60間モデュールを用いて、主要施設(門・櫓・番所、社寺)は配置されたのでは。(3)天守を基点に視軸により主要街路が線引きされ、詳細の町割は主要施設や周辺の山頂、古社古刹を基点とするヴィスタ並びにα三角形60間モデュールにより決められたのでは。(4)曲尺の表目と裏目でつくるα三角形が設計施工の全般を通して関連していたのでは。以上の独創的な仮説を置き、これの実証を試みた。この研究結果の概要は次のようである。 築城の過程のなかでも地選から地取において、天守位置決定は、軍事的・宗教的精神的・景観的意味で最も重要視され、築城しようとする地域で最も社格の高い一宮等を基点として、視軸とα三角形60間モデュールを用いて、最初に決められた。この天守位置決めの典型例は毛利輝元の広島城天守位置決めに見られる。輝元は先ず新山に登り、厳島弥山に一線を画き、次に明星院山と己斐村松山に登って一線を引いて、その交点を天守の位置と定めた。この視軸のクロスによる天守位置決めの構成は同時にα三角形60間モデュールの構成にも符号するだけに、「視軸とα三角形60間モデュールを重ねて使用した都市設計技法」が存在したことを示唆するものである。 次にこうして決定した天守を基点にして、城郭の門櫓や城下町の城主崇敬の神社や菩提寺の配置に、視軸とα三角形60間モデュールを多用していたことを論じた。さらに、町割の根幹をなす主要街路の設定においても、天守を基点にして視軸を用いて線引きし、町割の詳細設計にα三角形60間モデュールを使用して設定されていることを明らかにした。そのα三角形60間モデュールの適用の典型例は中津城下町にみられ、天守からの視軸による主要街路設定の典型例は広島や萩にみられる。このように城郭の中心天守の位置決めから主要施設配置、町割に至るまで視軸とα三角形が強く関与した意味を考察した。視軸は単に設計の拠所としての意味にとどまらず、一直線に見通す軍事的意味、陰陽道・方位学・守護神などの精神的意味、景観的意味があった。また、「分間寸町図」という縮尺図を指図として作成する際、曲尺を道具として使用したと考えられ、曲尺の表目と裏目(1:√<2>)を使えば、α三角形60間モデュールの関係を取り結ぶ構成になったことを明らかにした。このα三角形60間モデュールを使用したのは、単に設計絵図作成の道具曲尺の使用にとどまらず、北辰北斗信仰、軍神や鬼門除け等の精神的・宗教的意味があったことを論じた。
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Research Products
(10 results)