Research Abstract |
一昨年度および昨年度と,栃木県益子町で貸金業者から60町歩地主に成長したK家を対象に分析を進めた結果,i)大地主として確立した時期は明治20年代ではなく30年代であった,ii)K家の金融業には,土地集積を目的とする高利貸というステレオタイプでは捉えきれない,地域産業を支援する役割があった,という知見を得た. 分析中に知り得た,K家が土地を集積する過程で行った売戻し(売り主が元金で土地を取り戻すのを認めること,売り主では買戻し)という行為が,日本地主制の成立期を確定するための重要なファクターになることが分かってきた.買入地を売り主に戻してしまうような地主が,私的土地所有権を確立させているとはいい難いからである.筆者は本年度,(1)売戻し・買戻しはどのような広がりをもっていたか,(2)売戻し・買戻しは近世の土地取引慣行といかなる関係にあるか,(3)この慣行が地主的土地所有にいかなる影響を与えていたかを考察した. 結果は次のようである.(1)買戻しは明治前期に関東や北陸,東北で広く見られた.福島県伊達地方には,土地売買(件数,面積)の半分にこの特約が付けられ,その過半が買い戻された村があり,そのような村に大地主は出現しなかった.また,大地主地帯とされる新潟県でも,全県的にこの慣行があった.頚城や魚沼地方などの山間部で濃密だが,蒲原平野で数百町歩に成長した大地主の中にも,売戻し特約を付ける例がみられた.(2)買戻しは,本銭返し(買戻し特約付きの売買)や年季売り(年季明けに元金で取り戻す)など,買戻しと変わらない土地売買を近世に行っていたような地域が,土地売買の解禁を受けて公然と利用するようになったものと考えられる.(3)関東や東北では,買戻しは明治30年代に消滅に向かう,しかし蒲原の大地主の土地売買では,明治20年代になると買戻しが減少する.この違いは,私的土地所有の成熟度に基づくものと思われ,地主制の成立時期を規定するための鍵になるであろう.
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