Research Abstract |
種々の法医剖検例(179例)の血中S100β蛋白濃度および大脳のS100蛋白の局在と分布について検討し,以下のような知見が得られた. 血中S100β蛋白濃度は死後経過時間あるいは生存時間とは無関係であった.部位別にみると,鎖骨下と外腸骨静脈血レベルは右心血より高い例が多く,左心血が最も低かった.死因別に比較すると,窒息死が最も高く,以下,頭部外傷急死群(生存時間6時間以内),鈍器損傷死群で,その他の死因群ではほぼ同レベルであった.頭部外傷急性群の脳実質内損傷程度は血中濃度と正の関系を示した.一方,鈍器損傷群の血中濃度は損傷の重症度(ISS)と相関する傾向がみられた. 免疫染色において,S100蛋白の陽性反応は神経細胞,神経膠細胞の細胞質および神経鞘に認められた.神経細胞の陽性率をみると,頭部外傷では急性死(9%)より遷延死(生存時間6時間以上)で多く(62%),脳損傷の重症度や血中S100β蛋白濃度とは無関係であった.火災死25%,溺死21%,急性心筋梗塞7%で,窒息死,出血死では陽性例はなかった.各例の神経膠細胞の陽性率は35〜54%で神経細胞の陽性率と負の相関を示した.一方,神経鞘の陽性例の割合は,頭部外傷遷延死(54%),火災死(47%),窒息(30%),出血死(30%),頭部外傷急性死(27%),溺死(21%)および急性心筋梗塞(14%)の順で,神経鞘の腫脹,蛇行や断裂部に陽性所見が認められた. 以上から,血中S100β蛋白濃度は急性外傷性あるいは低酸素性中枢神経傷害の指標になる可能性が示唆されたが,中枢神経傷害以外の影響も窺われた.一方,大脳のS100蛋白の局在と分布は,遷延性中枢神経系の虚血および血液循環障害と関連しているものと考えられ,二次的な中枢神経系傷害の指標になる可能性が示唆された.今後,中枢神経系傷害以外の血中S100β蛋白濃度に影響する因子を分析し,早期血中濃度の上昇と中枢神経系の形態学的変化との関連およびS100蛋白免疫染色の陽性神経細胞の意味をさらに詳しく検討する予定である.
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