2015 Fiscal Year Annual Research Report
予測符号に基づく海馬場所記憶の獲得と長期固定の回路メカニズム
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15H04265
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Research Institution | Institute of Physical and Chemical Research |
Principal Investigator |
深井 朋樹 国立研究開発法人理化学研究所, 脳科学総合研究センター, チームリーダー (40218871)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | シナプス構造可塑性 / 樹状突起 / カルシウム・スパイク / 領野間相互作用 / 海馬場所細胞 / プリプレイ / リプレイ / 計算理論 |
Outline of Annual Research Achievements |
海馬においても大脳皮質に於いても、錐体細胞の頂部と基部の樹状突起は、異なる脳領域からシナプス入力を受けている。そこで頂部樹状突起と基部樹状突起へのシナプス入力が、カルシウム・スパイクを介して相互作用する様を記述できる細胞モデルを構築した。このモデルで重要なのは、可塑性のBCM理論とカルシウム・スパイクの結合により、頂部と基部のシナプス入力間に、正準相関解析が実装可能なことである。これにより、異なる領野からの入力間に起こる、単一細胞の樹状突起内での相互作用を神経回路モデルに取り込むことが可能になる。例として海馬CA1の錐体細胞が、視覚的オブジェクトと空間情報を結び付けて学習する過程をモデル化した。また海馬のプリプレイ、リプレイなどを統一的に説明できる神経回路モデルを、世界で初めて構築した。 神経細胞の樹状突起では、シナプス可塑性による伝達効率の変化と並行して、シナプス結合が消滅したり、新しいシナプスが生成されたりする構造可塑性のプロセスが常に起きている。この二重の可塑性メカニズムを、シナプス入力のベイズ推定という仮説に基いてモデル化した。我々の計算モデルは、遅い時間スケールで起こる構造可塑性が、早い時間スケールで起こる伝達効率の可塑性の働きを助けるように配線パターンを書き換えることで、単一細胞や回路全体の総合的パフォーマンスが最適化されることを示唆した。外部環境と脳は、感覚刺激と行動レスポンスを介して常に相互に影響し合っているが、我々の結果は外部環境が徐々に変化しているような場合に、シナプスの構造可塑性が重要な機能的役割を果たしていることを意味している。この結果は最近、Frontiers in Neural Systemsの特集号に掲載されることが決まった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究実績の概要前半で述べた樹上突起をもつ神経細胞の可塑性モデルについては、論文の査読者から生物学的な妥当性についてクレームがついたため、現在モデルの改善を行っている。このプロセスに思った以上に時間をとられているため、研究計画のこの部分は当初の計画より若干遅れ気味である。しかし最近になって、生物学的に妥当な枠組みの範囲内で、オリジナルなモデルとほぼ同様の機能(正準相関解析)を実現するエレガントな数学的方法が明らかになったため、この遅れは本年度内に取り戻すことができると考えている。但し最近、我々のモデルほど数学的に洗練されてはいないが、現象論的であるにせよ、似たような目標を志向する計算論的モデルが発表されており、こちらもペースを挙げる必要を感じている。 概要の後半で述べた構造可塑性の理論的モデルは当初の予定よりも早く研究が進展したことで、最近、論文掲載が決まった。また構造可塑性に関して新しい概念を盛りこんだ発展版の計算モデルや、ヘテロなシナプス可塑性を考慮したモデルもほぼ完成している。これらのことから、構造可塑性の機能的役割に関する理論的研究は、当初の予定以上に進展していると考えている。そこで研究の進捗状況をプロジェクト全体で平均化すると、「おおむね順調に進展している」という評価が妥当であろう。
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Strategy for Future Research Activity |
頂部樹状突起と基部樹状突起へのシナプス入力の相互作用を、生物学的に妥当な枠組みの範囲内で書き直す。この細胞モデルは研究計画全体の以後の進捗において鍵を握る重要なものである。旧細胞モデルを用いて構築した回路モデルに改良モデルを取り込み、海馬のプリプレイ、順行及び逆行リプレイ活動が再現できることを確認する。改良モデルと旧モデルと数学的にほぼ同値の機能を実現するので、原理的には改良モデルでシミュレーションが再現できることが期待される。 2015年にFoster等は、利根川らのプリプレイ活動の存在を否定する実験結果を発表し、最近Buzsakiらはプリプレイの存在を再確認する結果を報告した。これらの実験結果の違いは、課題のコンテクスト情報の違いに依る可能性が示唆されている。この点に関して、構築したモデルによる検証が可能か検討する。 改良型細胞モデルを構築する際に、モデルが実現する正準相関解析が、多層神経回路の学習方法を与えることに気が付いた。多層神経回路の学習は、80年代に提案された誤差逆伝搬法以外に、これといった有効な方法が知られていない。しかし誤差逆伝搬法は非生物学的であり、計算負荷も重く、過学習の問題があることも知られている。多層神経回路の学習理論は計算論的に重要な話題であり、この新しい学習方法についても検討を進める。 記憶の長期固定化メカニズムの解明を目指して、ノンレム睡眠時に大脳皮質に出現するUP-DOWN状態遷移の神経回路モデルを構築する。とくに最近、外側嗅内皮質と内側嗅内皮質で、この状態遷移の持続パターンが異なることが見出された。この違いが二つの大脳皮質領域における非ランダムなシナプス結合の違いに由来するという仮説を立て、回路モデルのシミュレーションにより、活動パターンの違いを再現できるか検証する。
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Research Products
(10 results)