2016 Fiscal Year Annual Research Report
バイカル湖における富栄養化にともなう生態系変質リスクの検証
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15H05112
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
山室 真澄 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 教授 (80344208)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
田邊 優貴子 国立極地研究所, 研究教育系, 助教 (40550752)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | バイカル湖 / 富栄養化 / 共生海綿 / 底生緑藻 / 窒素安定同位体比 |
Outline of Annual Research Achievements |
近年のバイカル湖湖岸における緑藻の大量繁茂の原因を特定するために、流入河川や湖岸間隙水の栄養塩濃度をパックテストを用いて分析した。その結果、一部の流入河川では高濃度の硝酸やリンが検出された。また農村部でも湖岸線沿いに宿泊施設が設置されているところでは、間隙水から高濃度の栄養塩が検出された。これらのことから、緑藻の大量繁茂は水温上昇など地球規模温暖化が原因ではなく、ローカルな富栄養化が原因と推定された。 バイカル湖では緑藻の大量繁茂と平行して、固有種である共生海綿類の大量死も生じている。この原因も富栄養化である可能性を検討するために、20年前に日本のプロジェクトで窒素安定同位体比が分析された地点と同じ地点で共生海綿の採取を行った。また同じ地点で水草も採取し、20年前と現在とで窒素安定同位体比にどのような変化があるかを検討するためのサンプリングを行った。また現時点で富栄養化が進んだ水域と、比較的進んでいない水域とで同じ種類の水草の安定同位体比や窒素、リン濃度がどのように異なるかを検討した。その結果、富栄養化が進んでいる水域の窒素安定同位体比が、他の水域より明らかに高い値を示すことが確認された。 これらの異変の現状と原因について周知を図るため、2017年2月26日から3月3日までホノルル開催されたASLO(Association for the Sciences of Limnology and Oceanography)Aquatic Science Meetingにおいて申請者がChairとしてセッション「008 Changes in Large Freshwater Ecosystems: Drivers, Responses, and Restoration」を設け、19の口頭発表と7つのポスター発表が行われた。この中でバイカル湖関係の発表が3分の1を占めた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初想定していた以上に急速に沿岸生態系が衰退しており、20年前のサンプルと同じ種類の生物が、現在では既に死滅していた水域があった。一方で、沿岸生態系の衰退が富栄養化によることはほぼ確定できた。また過去のデータは炭素・窒素安定同位体比だけ分析されており、富栄養化の原因として窒素とともに重要なリンは分析されていなかった。このためロシアの共同研究者に依頼し、研究所に保管されていた2003年から2014年の間に採取された共生海綿サンプルの一部を日本に送ってもらった。このサンプルについて窒素とともにリンを分析し、さらに昨年度までに分析した現在の窒素やリンの濃度と比較することで、過去との比較が可能となった。 富栄養化が急速に進んだ原因として、周辺国からの観光客の急増に下水処理が間に合わない状況にあることが挙げられる。下水処理施設の設置にはコストがかかることから、バイカル湖の富栄養化がこのまま進むと生態系に回復不能な影響を与えることを住民に理解してもらう必要がある。このため今年度はロシアのテレビ番組制作会社に協力して、バイカル湖の実態と、それをどのように科学者が解明しているかに関するドキュメンタリー番組が作成された。番組はまず2017年にホノルルで開催された学会で英語で公開された。ロシア国内での放映は、政治的な圧力のため、2016年10月の予定が延期され、2017年4月にようやく放映されることが決まった。しかし現在でも、広大なバイカル湖が急速に富栄養化するはずがないとの見解が広く支持されている。例えば外洋につながっている東京湾でも富栄養化するのと同じで、沿岸部の湖水が沖合部と急速に交換しているわけではなく、陸上で地下水などから高濃度の栄養塩が供給されることで湖岸部だけがカタストロフィックに富栄養化によるダメージを受けることを、分かりやすく示す必要がある。
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Strategy for Future Research Activity |
日本ではかつて琵琶湖が急速に富栄養化したときに、リンを含まない石けんを使用する運動が住民に広まり、水質改善の原動力となった。富栄養化の原因の多くは観光客による排泄物起源であるが、日常、住民に使用されている洗剤からのリンも無視できない量であると考えられることから、生活排水起源のリンが富栄養化の一因になっていることを示すデータを得る必要がある。またこれまでに得られた過去のサンプルと現在のサンプルの炭素・窒素安定同位体比と窒素・リン濃度の分析を進め、過去との比較を行うことで、湖水の濃度では変化がなくとも、間隙水を通じて生態系が富栄養化によるダメージを得ていることを証明するデータを蓄積する。 当初は湖岸と沖部の双方についてサンプリングを行う予定であったが、湖岸での環境劣化が急速に進んでいることから計画を変更し、今年度・来年度とも湖岸部でのサンプリングと水中映像による状況の記録を行うこととする。また共同研究者が過去に撮影したビデオや写真などの水中映像から、過去の生物分布のマッピングができないか検討を行う。
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Research Products
(6 results)