2015 Fiscal Year Annual Research Report
コンテンポラリーダンスにおける「デモクラシー」の系譜学
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15H05377
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
越智 雄磨 早稲田大学, 坪内博士記念演劇博物館, 助手 (80732552)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | コンテンポラリーダンス / 文化政策 / デモクラシー / 文化の民主化 / ジャック・ラング / エマニュエル・ユイン / マチルド・モニエ / カリーヌ・サポルタ |
Outline of Annual Research Achievements |
年度前半には、1980年代以降のフランスの文化政策とコンテンポラリーダンスの実践者たちの政治活動に着目する研究を推進した。まず、1981年に文化大臣に就任したジャック・ラング以降の文化政策によって、フランス国内19カ所に国立振付センターが設置された経緯を確認した。これは1951年のフランス文化省設立以来の文化政策の基本綱領である「文化の民主化」の一環としてなされた施策であると二つの側面から理解することができる。一つには、それまで対象とされていなかった新しい芸術であるコンテンポラリーダンスが支援の対象となり、周縁的な立場にあった芸術家を社会的制度の中に包摂し、保護するという面、もう一つは、パリに一極集中しがちである先端の芸術実践の成果を、フランスの地方都市に振付センターを設置することで、地方に在住する国民も享受することが可能となるという面である。換言すれば、コンテンポラリーダンスという芸術は芸術家と国民を対象とした二重の意味での「民主化」に沿って発展したと言える。 しかしながら、官主導のこうした政策に問題点がないわけではなかった。本研究では、国立振付センターのディレクターに就任した二人の振付家の発言を調査した結果、公務の割合が拡大することで、芸術家としての活動が阻害されていたという実態があったことが判明した。また、「8月20日の署名者たち」という独立して活動する振付家やダンサーたちから成る任意団体の政治活動の変遷を調査することで、彼らが文化政策の方針に積極的に提言することで、より芸術活動の実態にあった助成制度が開始されていたことが明らかになった。つまり、芸術家から成る団体が介入することで、フランスの文化政策はよりフレキシブルに形を変えていたことが判明した。年度後半には、研究成果の一部を社会に還元する活動として早稲田大学演劇博物館において展覧会を開催した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該年度の研究計画であった【研究A「政治的観点からの研究:文化の民主化と「8月20日の署名者たち」】の研究目的は、1951年の文化省設立以来の、「文化の民主化」という方針にいかにコンテンポラリーダンスが包摂されたかを明らかにすることだったが、ジャック・ラング文化相以降「文化の民主化」がいかに解釈され、具体的な政策としてコンテンポラリーダンスの支援が実行されてきたかをある程度明らかにすることができた。国と地方自治体が主導して設置してきた国立振付センターに就任したディレクター達、具体的にはカーン国立振付センターのカリーヌ・サポルタ、モンペリエ国立振付センターのディレクターを務めたマチルド・モニエの文化政策に対する発言や態度から、一種の制度疲労が起こっていたことが明らかになった。そのことから、ダンスに関する文化政策に異議を唱えていたインデペンデント系の振付家やダンサーが構成メンバーの多くを占めていた「8月20日の署名者たち」の批判にも正当性が認められることが傍証されたと言える。つまり、当該年度の研究を通して、以前は位置付けが不分明であった「8月20日の署名者たち」の活動を、コンテンポラリーダンスにおいて機能不全に陥っていた「文化の民主化」是正する運動として捉えなおす見方を確立することができ、研究目標は達成されたと言える。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、研究計画通り【研究B:美学的観点からの研究:「ノン・ダンス」の作品における「関係の民主化」】に取り組む。すでに行ってきた研究によって、「ノン・ダンス」と呼ばれたジェローム・ベル、グザヴィエ・ル・ロワの振付家の作品はとりわけ2000年代以降、「観客とのコミュニケーション」を重視する特質が顕著に見られることが明らかになった。こうした特質は、理論的にはロラン・バルトが1969年に唱えた「作者の死」と親和性を持っていると言える。なぜならば、ベル、ル・ロワの作品の価値は、「作者=振付家」が創造する「作品」に内在する理念や世界観に置かれるのではなく、「観客」の想像力を通じて作品の価値が多様に産出される契機を持っているからである。さらに敷衍すれば、ベルとル・ロワの振付作品は、観客を多様な個人から成り立つ共同体とみなし、個々人はいかに場所や時間を共有し、いかなる関係を持ちうるのかを主題としつつあるように思われる。このような振付家の仕事のシフトは、現代のコンテンポラリーダンスにおいて起こっている変化を明らかにする上で考察する価値がある。また美学的観点から見れば、ニコラ・ブリオーによる『関係性の美学』を発端として展開したクレア・ビショップやジャック・ランシエールらによる論争と結びつけて考えることも可能だろう。その議論の文脈においては、芸術作品における民主的な空間の形成、作家と観客の関係性、観客の作品への介入・参加・関与の正当なあり方などを考えることが課題となっているが、今年度の研究を通して、芸術作品のうちに観客はいかに主体的かつ民主的に存在することができるのか否かを判断する理論的パースペクティヴを構築するためにマーカス・ミーセンによる『参加の悪夢』などを参照しながら、ジェローム・ベルの『Disabled Theater』(2012)、『Gala』(2015)などの作品の分析を行いたい。
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Research Products
(8 results)