2015 Fiscal Year Annual Research Report
近世フランス人文主義者の国語意識─学術語と俗語の間、ペトルス・ラムスとその周辺─
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15J01027
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
久保田 静香 大阪大学, 文学研究科, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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Keywords | 16世紀フランス / 雄弁 / 民族起源神話 / 言語起源論 / 国語意識 / ペトルス・ラムス / ジャン・ボダン / 人文主義 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成27年度の研究では、「16世紀フランスにおけるフランス語顕揚論と〈古代ガリア神話〉の流行」というテーマを深化・発展させることが当初の計画であった。これに〈ガリアのヘラクレス〉という主題を新たに導入し、ジャン・ボダン『歴史の方法』(1566)とラムスの『古代ガリア人の慣習』(1559)の比較を行なった。 〈ガリアのヘラクレス〉なる「雄弁」の英雄像は、「古代ガリア神話」と同じくアンニウスの『古代論』を媒介として、当時の名立たるフランス知識人たちの関心を惹き、一世を風靡した。1572年の聖バルテルミ虐殺で横死したラムスは、それまで宗教的には宥和政策をとっていたフランス王権に直接働きかけつつ、愛するフランスとフランス語の国際的名声の獲得のために、〈古代ガリア神話〉も〈ガリアのヘラクレス〉も讃美の対象として肯定的に受け止めた。それに対してボダンは、ラムス亡きあとに宗教戦争が凄惨さを極める時代を目の当たりにするなか、同じ「神話」と「英雄」については、ともに自民族と自国語の顕揚へと盲 目的に向かう時代精神の反映とみなし、いずれに対しても批判的な距離をもって応じた。こうした対称的ともいえる両者の見解をつうじ、当時の知識人のあいだに浸透していた愛国心と国語意識の具体的な有様や温度差、時代的変遷を跡づけた。 上記研究課題遂行に際して、日本国内では入手困難な資料へのアクセス、およびフランス在住の研究者から専門知識の提供を受けるために、8月、2月、3月においてそれぞれ5~14日間のヨーロッパ出張(フランス、ドイツ)を実施。補助金は主に「海外旅費」に充てた。これに次ぐ「物品費」(携帯用タブレットや各種文献)の総額は、ほぼ当初の計画どおりの支出となった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成27年度においては、国際シンポジウム、学会、研究会での口頭発表(英語および日本語)を5件行ない、各所で議論を重ねながら、その成果を日本語論文1本(「16世紀フランスにおける起源神話と雄弁の表象―ラムスとボダンを中心に―」『ロンサール研究』第29号掲載予定、発行日未定)としてまとめることができた。とりわけ、本研究課題の第1年目の計画当初にかかげていた「16世紀フランスにおける古代ガリア神話の流行」について、ラムス、ボダンだけでなく、ルメール・ド・ベルジュ、トリー、ラブレー、デュ・ベレー、ロンサール、パスキエといった当時のフランスの人文主義者・著作家たちとの具体的な関連も視野に入れた考察ができたことは大きな収穫であった。 なお、全5件の口頭発表のうち、2件は、「デカルトとイエズス会レトリック教育(プロギュムナスマタの伝統)」をテーマとするものであった。ラムスはデカルト思想の先駆者ともいわれるが、このラムスの学芸・言語改革の意義についてのよりよい理解を得るためにも、報告者がこれまでに行なってきたデカルトの言語実践の具体相について広く知ってもらう必要があると感じていた。この2件の発表は当初の計画にはなかったものだが、そうした意味で、望外にも非常に有意義な機会が得られた。 これ以外には、2015年3月に行なわれたジャンニ・パガニーニ教授によるボダンについてのフランス語学術講演会原稿の翻訳や、グラフトン『テクストの擁護者たち』(勁草書房)出版に際して開催された一般向けトークショー(ルネサンス歴史研究と人文学の意味を問うもの)への参加といった機会も得られ、活躍の場や人的交流は予定を上回る広がりをもつものとなった。
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Strategy for Future Research Activity |
平成27年度中は、口頭発表の機会が多く得られたことで予想以上に活動領域が予想以上に広がった一方で、論文・著作の執筆に割く時間が限られてしまったともいえる。平成28年度は、1年間で到達すべき目標をより明確に定め、執筆時間と執筆量を増やす方向で進めていきたい。 本研究課題の中心テーマである16世紀フランスの人文主義者ペトルス・ラムスについては、歴史的に果たした役割の大きさにもかかわらず、いまだじゅうぶんな知名度が得られているとは言えない。ラムス研究について、より多くの人々に関心をもってもらうためにも、デカルトだけでなく、ラブレーやモンテーニュといった、いわゆる「大作家」との関連において今後の研究を導いていくことが重要かつ効果的であると心得ている。 もとより、16世紀フランス人文主義者たちの「国語意識」の輪郭を明確に描き出すことが本研究の最大目標である。デカルトに先立ってラムスがフランス語で哲学的著作を書いた理由として、彼の愛国心と当時のナショナリズムの高揚という事実が大きく影響していたことを現在までの研究で明らかにした。それではなぜラブレーはフランス語で小説を書くことを選び、モンテーニュはフランス語で自身の思想を記述することを選んだのか。ラブレーもモンテーニュも、ギリシア語やラテン語に長けた人文主義者としての側面ももっているのである。平成28年度は、こうした点に注力して研究を進めていくつもりである。
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Research Products
(6 results)