2016 Fiscal Year Annual Research Report
プトレマイオス王国における体育訓練機関ギュムナシオンからみたギリシア化の研究
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15J01467
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
波部 雄一郎 大阪大学, 文学研究科, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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Keywords | プトレマイオス朝 / ギュムナシオン / エフェボイ / 軍隊 / ヘレニズム王朝祭祀 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、ヘレニズム諸王国のオリエント領域支配における体育・軍事機関ギュムナシオンの役割について、プトレマイオス朝を事例として考察するものである。2016年度は当初の計画にもとづき、1.プトレマイオス朝のエジプト支配におけるギュムナシオンの役割、2.ギュムナシオンの運営者たちとヘレニズム時代エジプトの地域社会のかかわり、の2点について考察を行った。 1.については、紀元前267年に開催されたプトレマイオス2世の生誕祭である、バシレイア競技会優勝者録碑文について考察を行った。同競技会の開催種目を再考し、バシレイア競技会が当時のギリシア世界で開催された全ギリシア的な体育競技会と同等の規模の競技会であったことを指摘した。そして他の史料の分析から、プトレマイオス朝による競技者育成政策と、入植者たちの競技への関心がエジプトにおけるギュムナシオン建設の一因となったと結論づけた。 2.については、エジプト各地のギュムナシオンの運営に関与した青年たちのアソシエーションであるネアニスコイの組合と、ギュムナシオンの長官であるギュムナシアルコスについて考察を行なった。エジプト南部コム・オンボスや中部ファイユーム地方出土のギリシア語碑文及びパピルス史料を分析し、彼らがギュムナシオンの管理だけではなく、治安維持など地域社会に一定の影響を及ぼしたことを明らかにした。 また、年度末にはヘレニズム時代においてエジプトとの政治的関係が強固であったシチリア島におけるギュムナシオンの事例を本研究の参考とするため、イタリア南部の関連施設および考古学遺跡において現地調査を実施した。さらに、ヘレニズム時代におけるギュムナシオンの第一人者であるフランス・リール第3大学のアンジェイ・シャンコフスキー(Andzej Chankowski)教授と当該研究について討議し、今後の研究方針について助言を仰いだ。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度の目標としていた、プトレマイオス朝時代のエジプトで建設されたギュムナシオンにかかわる人物のデータ作成については、ギュムナシアルコスと、ギュムナシオンの建設者、そしてギュムナシオンの利用者の3区分に分類し、出典史料と公職、血縁関係などのリストを予定通り完成することができた。この成果によって、ヘレニズム時代のエジプトにおけるギュムナシアルコスの役割と、ギュムナシオンの利用者から構成される青年団ネアニスコイの組合の役割についての分析も順調に進めることができた。 また、プトレマイオス朝領でもあるエーゲ海島嶼部、キュレナイカ(北アフリカ)、小アジアにおけるギュムナシオンについても、予備的考察を行なった。2016年度前半にはアンティゴノス朝支配下のマケドニア諸都市におけるギュムナシオンを考察し、プトレマイオス朝支配下諸都市におけるギュムナシオンの事例との比較・検討を行なった。特にマケドニアの都市ベロイアから出土した「ギュムナシアルコスの法」碑文を、アンティゴノス朝の支配の観点から考察し、同王朝が都市のギュムナシオン運営に一定の自立性を持たせつつ、王権の軍事育成機関として期待していたという結論にたどり着いた。また、ヘレニズム諸王国によるギリシア諸都市のギュムナシオン運営への関与についても考察し、紀元前3世紀において諸王が各地のギュムナシオンに経済的支援を通して関与した傾向を指摘した。以上の考察は当初の計画通りに進めることができた。 なお、海外調査を、当初計画していたギリシアからイタリアに変更して実施したが、ヘレニズム時代のギュムナシオンについて、王権と都市との関係を考慮したところ、エジプトと南部イタリアとの類似点に着目し、より多くの成果を得られると判断したために変更した。 以上の理由から、研究課題の進捗状況は当初の研究計画を達成しており、おおむね順調に進展していると評価できる。
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Strategy for Future Research Activity |
平成29年度の目標は、まずプトレマイオス朝のエーゲ海領土およびキュレナイカにおけるギュムナシオンについて考察し、プトレマイオス朝による都市支配のなかで果たした役割について明らかにすることである。おもに、エーゲ海のレスボス島、テラ島おけるギュムナシオンでのプトレマイオス朝に対する君主礼拝の問題、小アジアのハリカルナッソスにおいては都市のギュムナシオン建設に対するプトレマイオス朝の関与の問題、同じくミレトスについては、都市とプトレマイオス朝の条約におけるギュムナシオンの青年団の果たした役割について、3点の事例を個別に考察する。それによって、ギュムナシオンを通したプトレマイオス朝と諸都市の関係について解明することを目的とする。これらの地域には、同王朝の軍隊が駐留したことが諸史料から判明しているが、ギュムナシオンを媒介とした駐留軍と都市との交渉についても考察の対象を広げたい。 その一環として、必要なギリシア語碑文の調査をイタリア(トリノ・エジプト博物館)、ドイツ(フランクフルト市立美術館)などで行う予定である。 キュレナイカについては、ヘレニズム時代のギュムナシオンでの訓練内容を考察し、プトレマイオス朝支配によるギュムナシオンへの影響と、それが地域全体に与えた変化や影響を明らかにしたい。 そして、以上の考察の結果得られる結論を、平成27年、28年度に行ったエジプトにおけるギュムナシオンについての研究結果と関連づける。それによって当該研究課題のまとめとして、ヘレニズム王権による領域支配において、ギュムナシオンの果たした役割を明確にする作業を行ない、学会等で成果の報告を予定している。
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