2016 Fiscal Year Annual Research Report
コーディング手法を用いた異種感覚情報統合の神経基盤の解明
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15J02077
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
染谷 真琴 北海道大学, 生命科学院, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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Keywords | 神経科学 / 多感覚統合 / 同定ニューロン / 聴覚 / 機械感覚 / 昆虫 |
Outline of Annual Research Achievements |
生物は複数の感覚器官から得られた情報を神経系で統合し,周囲の環境を正確に知覚する。異なる感覚器官で検出された感覚情報は,刺激が生じた時間と刺激源位置が一致することで,同一の出来事・対象物から発せられた情報と知覚される。しかし時空間情報処理に関する多感覚統合の神経基盤は十分理解されていない。本研究はコオロギの聴覚と気流感覚系をモデルとして,異なるモダリティの時間・刺激源位置の情報を統合する神経基盤を解明し,刺激源位置の情報処理において単一モダリティに応答するニューロンと複数モダリティに応答するニューロンが果たす機能的役割を明らかにすることを目的とする。 本研究はコオロギの聴覚と気流感覚を材料とする。コオロギは聴覚系または気流感覚系を介して捕食者の接近を知覚し,方向性のある逃避行動を発現する。両感覚系で逃避行動に影響を与える感覚ニューロンが同定され,刺激方位情報処理に関わる神経回路が解明されているが,両感覚系を統合する神経基盤は不明だった。 本研究の1年目では,音と気流に応答を示すニューロンを同定し,前胸神経節に存在する複数の聴覚ニューロンが気流刺激にも応答することを明らかにした。気流に応答した聴覚ニューロンの中でも,ascending neuron2 (AN2)はコオロギの捕食者である蝙蝠の超音波に応答し,飛行中のコオロギに逃避行動を誘発する。2年目ではAN2に注目し,AN2が行う異種感覚情報の計算処理とそれを支える細胞内メカニズムの解明を目指した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
音と気流刺激を同時かつ同方向から提示した時のAN2の膜電位変化を細胞内記録により計測した。音と気流の同時提示は音・気流の単独提示より多くのスパイクを引き起こし,同時提示時のスパイク数は単独で誘発されたスパイク数を足し合わせたものより多かった。つまりAN2は音と気流の入力を非線形に加算した。また同時提示では高頻度発火のburstが生じた。 burstを生み出す細胞内機構を解明するため,スパイクの閾値に注目した。膜電位の時間変化と一次微分した膜電位の時間変化パターンに基づいてスパイク閾値を推定する。音・気流の単独提示,同時提示でスパイク閾値に差はみられなかったが,ISIが短くなるほどスパイク閾値が増加した。閾値がモダリティによらないため,次に各刺激で生じる興奮性膜電位(EPSP)に注目した。膜電位応答に10ミリ秒の中央値フィルターをかけてスパイクを除去し,EPSP波形を抽出した。同時提示では高さ,面積ともに音・気流単独提示より大きなEPSPが生じた。刺激で生じた1発目のスパイクで時間をそろえてEPSPを並べると,単独提示で誘発されるEPSPは1発目のスパイク後すぐに減衰したのに対し,同時提示ではEPSPが約15ミリ秒にわたって持続した。 上記の結果から,AN2は閾値を上げることでburstの発生を抑えているが,音と気流という異なるモダリティの刺激が同時に入力すると長く続くEPSPが生じburstを発生させる。このburstが非線形な加算を生み出した。先行研究からAN2は蝙蝠の超音波を検出し逃避を誘発させる。本研究からAN2は異なる感覚モダリティを統合することで蝙蝠の接近をより正確に検出すると示唆される。 2年次では,蝙蝠に対する逃避行動に必要なニューロンがおこなう異種感覚情報の計算処理とそれを支える細胞内メカニズムを解明できたため,本研究は期待以上の進展があったと考える。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度は,①異なるモダリティの時間・刺激源位置情報を統合する神経基盤と②異種感覚刺激が逃避行動に与える影響の解明を目指す。 ①異なるモダリティの時間情報を統合する神経基盤を解明するため,音と気流刺激を提示するタイミングをずらし,その時のAN2の活動を細胞内記録で測定する。予備実験から,刺激タイミングの一致はspike burstに表現されることを示唆する結果を得ている。スパイク数は刺激タイミングに関わらず一定だったが,spike burstは音と気流の刺激開始が同時の刺激に対し最も大きくなった。今後,刺激提示の時間差が,スパイクの時間変化およびEPSPの時間変化に与える影響に注目する。方向情報を統合する神経基盤の解明では,AN2および聴覚同定ニューロンで気流刺激にも応答したomega neuron1 (ON1)に焦点を当てる。AN2およびON1は音源方位選択性を示し,特にON1は抑制性の入力をAN2に与えることでAN2の方位選択性を形成することが判明している。始めにAN2とON1の気流刺激に対する方位選択性を調べ,音と気流の刺激方位の一致・不一致がAN2・ON1の活動に与える影響を調べる。以上の実験から時間一致と方向情報を統合する神経基盤の解明を目指す。 ②異種感覚刺激が逃避行動に与える影響を解明するため,飛行中のコオロギに対し音・気流の単独提示および同時提示を行う。音刺激によって生じるAN2のspike burstが飛行中のコオロギに逃避行動を誘発させることが分かっている。単独提示に比べ同時提示でより頻繁にspike burstを引き起こした事から,単独提示に比べ同時提示がより頻繁に逃避を引き起こすと推測できる。行動実験では刺激時間一致および刺激方位の一致が行動に及ぼす影響についても検証する。
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Research Products
(1 results)