2017 Fiscal Year Annual Research Report
近世期における仏教教団の出版物利用の実態解明と分析―書物研究の一環として―
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15J02368
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
万波 寿子 一橋大学, 大学院社会学研究科, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2019-03-31
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Keywords | 近世仏教 / 近世文学 / 出版学 / 書誌学 / メディア / 浄土真宗 / 西本願寺 / 仏書 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成29年度は、著書の出版を平成30年2月に刊行した著書のために、西本願寺資料群を総ざらいし、教団の通史的分析を試みることが中心であった。分析にあたり、一橋大学社会学部教授若尾政希氏主催の「書物・出版と社会変容」研究会を中心に、近世文学会など研究会・学会に参加して視野を広げるとともに、多くの研究者と交流し、意見を得るよう努めた。 概観すると、「御蔵版」は、近世中期から明治まで続いた西本願寺、東本願寺が中心となった真宗各派本山による聖教出版活動であるが、大まかに見れば、その実態は西本願寺教団内部の秩序回復を試みたことがきっかけとなって起こった東西本願寺を中心とした寺院間の闘争であったと結論した。ただし、江戸後期からは、格式を捨てて実用的な書物を求めた地方の主体性が発揮された結果として、新しい傾向の本も御蔵版となり、こうした流れは近代に加速していった。 なお、従来「御蔵版」の嚆矢と考えられてきた慶長年間刊行の古活字版『浄土文類聚鈔』は御蔵版ではないと結論した。当該本は中世的な寺院版の範疇にあり、西本願寺はこの書の印刷を最後に積極的な町版(民間の出版物)利用への転換を果たしたことを明らかにした。 以上のことから、出版学によって近世期の西本願寺教団史を叙述することができたと思う。仏書研究の成果が小さくなかったことは、今後、日本歴史上最も大量に作られ大切に保存されてきた仏書という書物群に向き合うケーススタディのひとつとなると予測される。 得られた成果は、『近世仏書の文化史-西本願寺教団の出版メディア-』(法蔵館、2018年2月、研究成果公開促進費(学術図書)課題番号17HP5088)を刊行したことである。これまで知られてこなかった西本願寺資料を駆使し、また書物の内容ではなく姿に注目することで、京都の出版文化を特徴付けるほど個性的な仏教教団のメディア利用の実態に迫った一書となった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
まず第一に、これまでほとんど知られてこなかった資料を駆使し、さらには資料的価値の低いとされてきた仏書(仏教関係書)を書誌学的に考察することで、西本願寺教団という、京都の出版文化を特徴付ける最も個性的な仏教教団のメディア利用の実態について、『近世仏書の文化史-西本願寺教団の出版メディア-』(法蔵館、2018年2月、課題番号17HP5088)として刊行した。西本願寺その他真宗諸派本山の聖教出版争い、門末と呼ばれるいわゆる一般の門徒の積極的な知識の摂取やそれゆえに起こる混乱、御用書林と呼ばれる本屋らの出版戦略の推測などを通じて、近世期出版文化の根本を成していた仏書の研究が文化史的意義を持つことを示唆した。 加えて、龍谷大学大宮図書館にて『小本本典開版記録』(請求記号022/50/1)など、新しい資料の発見も達成した。また、『悟澄開版本典ニ付大坂出張記録』(新出史料、龍谷大学大宮図書館、請求記号022/454/1)を翻刻、内容を分析した。同資料は、近世後期に地方の学僧が指摘に刊行した小型聖教が中央で流布していた実態を示すのみならず、こうしたイレギュラーな聖教がなぜ発生したかを示しており、書物研究において重要な発見であった。 このように当該研究は大きく伸展し、当初の計画以上の水準となった。
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Strategy for Future Research Activity |
西本願寺教団の出版メディア利用について、一定の見通しを得たため、今後はより広く、他宗との比較を試みる。具体的には、元禄年間に義山版をはじめ、多くの聖教類を開版した知恩院の活動、京都に老舗本屋である村上平楽寺が主導した日蓮宗の出版活動に注目する。研究例としては、前者には松永知海「書師岡村元春と義山版」(『佛教大学総合研究所紀要』2002(1)、2002年)、後者には冠賢一『近世日蓮宗出版史研究』(1983年)、堀部正円の一連の古活字版研究(例えば「本国寺版をめぐる諸問題―『録内御書』を視点として―」、『近世文藝』104号、2016年7月)がある。それぞれを整理して西本願寺の活動と比較し、その成果を『仏教文学』に投稿する。 また、より仏書研究の可能性を広げるため、中世から近世への過渡期の仏書出版について考察する。具体的には、中世より発行されていた『御文』と『浄土三部経』について注目する。これらは西本願寺の出版資料にも比較的まとまったものがあり(例えば龍谷大学大宮図書館所蔵『御文章之定』)、先行研究も多い(例えば、堀祐彰「本願寺蔵版『浄土三部経』について」『龍谷教学』第51号、2016年7月)。これらの成果から、印刷文化が出版文化へと変遷する具体的な諸相をあぶり出し、その成果を論文または著書の一部(シリーズ日本仏教史研究叢書、法蔵館)にまとめる。
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Research Products
(2 results)