2015 Fiscal Year Annual Research Report
津波被災地における地域包括ケア体制の構築:「保健とジェンダー」の災害社会学
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15J03070
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
板倉 有紀 東北大学, 文学研究科, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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Keywords | 保健活動 / リスク社会論 / ジェンダー / 被災者支援 / 地域包括ケア / 災害時要援護者 / 地域保健 / 公衆衛生 |
Outline of Annual Research Achievements |
(1)リスクの社会学に関する文献研究:1年目は「リスクの社会学」分野に関する基礎的な研究を進めた。このことは地方行政職でもある保健師が社会全体におけるリスク管理に参入するモデルの検討のための理論的な枠組みとなった。本研究課題が明らかにしてきた保健師の専門知の形式と内容が科学的技術的な専門職における専門知とは内容的に異なる点に着目し、シンポジウムと科学社会学会大会において報告した。 (2)「災害と女性の視点」に関する研究:本研究課題は、「保健とジェンダーの災害社会学」という副題にもみるように、リスク現象のジェンダー差に着目した災害対応、地域包括ケア体制の構築への提言を目的とするものである。「災害と女性・ジェンダー」に関する研究では、災害の被害や災害時の困難をジェンダー差に依拠して説明しようとしてきたが、ある特定の社会現象が個人の帯びる社会的属性と結び付けられて考察されるさいの相互作用過程が十分に視野に入っていない。そうした観点から(1)のシンポジウムでの報告を基にした論文を執筆した。 (3)保健師の災害対応に関する事例研究:津波被災地である岩手県大槌町に過去28年間勤務した保健師への聞き取り調査と、その保健師が岩手県盛岡市で行っているみなし仮設住宅に居住する元大槌町住民に対する健康支援活動への参与観察の成果を行い、論文としてまとめた。さらに保健師と協働してこうしたみなし仮設住宅に居住する人々の健康課題に関するコホート研究、住民への聞き取り調査を行い、公衆衛生関連の学会で報告するとともに報告書をまとめた。 (4)保健師一般の専門知に関する調査研究:津波被災地以外の保健師に対しても聞き取り調査を行った。自治体間の派遣で津波被災地に派遣された保健師に聞き取り調査を行い、災害時の保健師の役割や派遣体制の課題を明らかにした。成果を科学社会学会大会および医療社会学研究会で報告した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該年度は、研究計画にしたがい、これまで進めてきた津波被災地の保健師によるみなし仮設住民への支援活動の調査研究の成果を論文としてまとめた。このことは、地区担当制という業務形態で勤務してきた保健師のケーススタディでもあり、この作業を通して、保健師の業務内容や専門性に関する基礎的な理解を深めた。そうすることにより、津波被災地外における保健師への災害支援活動との比較の論点を明確にした。 比較という点では、特に派遣保健師として被災地外から派遣されてくる保健師や、既に退職した保健師への聞き取り調査を通して、保健師一般が持ちうる災害対応力に関する調査・検討を進めた。その中でも、地区担当制と業務分担制という保健師の業務形態の違いが災害対応に影響しうるという認識を保健師自身も持っていることが明らかになった。津波被災地における保健師の業務体制の比較については、今後も継続して行っていく予定である。 さらに、社会理論との接点という意味では、リスク社会論に関する基本概念を踏まえたうえで、ドイツのリスク研究に関する学術書の翻訳作業を行うとともに、リスクの社会学に関するシンポジウムでコメンテーターとして登壇し、その内容を基に社会理論の観点からの論文を執筆した。このことは、被災者支援において保健師も前提としている「リスクとジェンダー」との関わりについての認識を、批判的に捉えることに役立つ視点を得たということでもある。特に保健師活動では「ハイリスク」と「ポピュレーション」という二つの区別軸が用いられることが多いことから、保健師が認識するリスクについて今後社会学的に検討していく上でも重要な成果である。
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Strategy for Future Research Activity |
(1)保健活動に関する調査研究:2年目は、1年目の調査研究成果との比較を前提に、東日本大震災での岩手県・宮城県の津波全市町村における保健師の業務体制について、保健師による記録ならびに公的資料等を収集し、全体的な動向を把握する。また既に、聞き取り調査への内諾を得ている、または得る可能性が高い市町村の保健師を対象として、保健師によるこれまでの被災者支援活動、「ハイリスク」者のスクリーニング方法、「ポピュレーション・アプローチ」型の活動事例について、特にジェンダー差の観点から明らかにする。この場合は、調査内諾が取りづらいことや、保健師からの視点に限定されやすいことという問題点があるため、聞き取り調査の対象市町村を複数に絞りこむことで対処するとともに、補足的に、住民が主体となって行っている「交流プラザ」「居場所づくり」活動において、保健師以外の参加者の意見についても尋ねることで対処する。そうした聞き取りのなかで、ジェンダー差を意識しながら活動をしている事例を探索的に聞き出し、その内容と保健師の参加状況について明確にする。以上の調査研究の成果を調査論文として専門誌に投稿する予定である。 (2)文献研究:保健師の行う被災者支援活動において「ハイリスク」「ポピュレーション」という二つの区別が重要な参照概念になっていることが明らかになっているため、2年目はこうした概念が日本国内の保健活動に輸入・導入された経緯について、概念史的検討を行う。文献資料が入手困難であることも考えられるため、地方自治体に長年勤務した保健師への聞き取り調査を念頭におき、どのような仕方でこれらの概念が入ってきたのかを明らかにする。 (3)男女共同参画センター・女性センターに対する聞き取り調査:ジェンダーを反映した健康ニーズという点では助産師と女性センターとの連携も一部みられることから、そうした事例についても理解を深める。
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Research Products
(6 results)