2015 Fiscal Year Annual Research Report
エミール・ゾラ、アルフレッド・ブリュノーのオペラ共作に関する比較芸術論的考察
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15J03844
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Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
林 信蔵 東京藝術大学, 音楽研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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Keywords | オペラ共作 / 比較芸術論 / ヴァーグナーの影響 / 普仏戦争 |
Outline of Annual Research Achievements |
特別研究員奨励費・交付申請書に記載した平成27年度(特別研究員1年度目)における研究目的では、ゾラとブリュノーがオペラ共作へと至った経緯、《水車小屋攻撃》の制作を通じて紡ぎ出される散文オペラの構想、この構想がゾラの文学的営為に及ぼした影響を論じる予定であった。 今年度の研究実施内容は、①台本作家ルイ・ガレの劇作への参加度が次第に低下し、《水車小屋攻撃》制作時には、ゾラの役割がかなり大きくなったことを明らかにした。そして、②普仏戦争をテーマとした《水車小屋攻撃》の物語には、ドイツからの征服を克服し、農業国のフランスの伝統にのとってフランスを復活させるというメッセージが存在したが、このオペラが拠って立つ美学をゾラ自ら説明した論説では、ヴァーグナーに学びつつその影響を克服し、フランス的な音楽劇を復活させるという主張が語られている。ここから、オペラの物語とオペラの制作の理論が並行関係にあることを示した。さらに、③このオペラ制作の美学の帰結として、ヴァーグナーの神話というテーマの否定と散文オペラの構想が生まれたことを明らかにした。 平成27年度の研究では、フランスにおけるゾラのオペラ研究の第一人者から一般非公開である《水車小屋攻撃》の手書きシナリオ草稿の複製を閲覧する機会を提供されるなど、実証的な資料調査を基礎にしながら、短編小説『水車小屋攻撃』からオペラへと書き換えられるにあたり結末に意義深い変更があった点について従来されていなかった指摘を行うことができた。 これらの考察は、中心部分を日本比較文学会編『比較文学』第58巻に発表したが、この論文は、《水車小屋攻撃》に関する日本における最初のモノグラフィーとなったと同時に、ゾラとブリュノーのオペラ共作を比較芸術論的に眺める最初の論考となる報告者の博士論文の完成を確かにするものとなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
特別研究員奨励費・交付申請書に記載した平成27年度(特別研究員1年度目)における研究目的は、ゾラとブリュノーのオペラ共作前期のありようを、特に《水車小屋攻撃》の制作過程の考察を通じて明らかにすることであった。その研究目的は、十分に達成されただけではなく、フランス現地調査で当初予想されていなかった資料を発見することにより、研究内容が当初計画よりも大きく発展することとなった。 このフランス現地調査の成果とは、一般非公開の《水車小屋攻撃》の散文による手書きシナリオ草稿を閲覧する機会を得たことである。この資料の調査により、短編小説からオペラの台本に書きかえる際の変化について正確な知識を得ることが可能となった。そして、この資料を前提とすることで、平成27年度の研究全体も当初の計画よりも方向性が修正された部分が出てきた。 研究計画において、感情と理性との対立という文学的なテーマが音楽と文学を融合しようとする美学的なテーマと対応しながらゾラの文学作品『パスカル博士』(1893)の中に現れることを論じる予定であった。実際、平成27年度の研究においても、『パスカル博士』について、感情と理性の対立というテーマが「リリスム」(叙情性・音楽性)の解放というテーマの形をとって『パスカル博士』に登場することを指摘した。 だが、その一方で、文学的テーマとオペラの美学的テーマとの並行関係については、ドイツに対する敗北からのフランスの伝統に根付いた復活というテーマとヴァーグナー様式のフランス化という主張の並行関係に関する考察が一層クローズアップされることとなった。これは、このテーマが原作の短編小説には見出せなかったが、同じく普仏戦争をテーマとした長編小説『壊滅』(1892)の執筆と並行して行われた《水車小屋攻撃》のシナリオ作成過程でフランスの復活のテーマが新たに挿入されたことが明らかになったからである。
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Strategy for Future Research Activity |
平成27年度の研究において明らかになったゾラのオペラの美学の中心には、ヴァーグナーに学びつつ、グラントペラやオペラ=コミックという「旧様式」を乗り越えながら、神話や歴史的テーマを現代的な物語と変え、さらに台本も散文とすることでヴァーグナーの様式を乗り越えようとすることがあった。 このドビュッシーの《ペレアスとメリザンド》を先取りするとも言える散文オペラが平成28年度の研究の主な対象となる。特別研究員奨励費・交付申請書に記載した研究目的から大きな変更はなく、従来、韻文台本の韻律と押韻の回帰性が決定していたカデンツなどの音楽的な進行のありようが、韻律を持たず押韻を行わない散文台本となったことでどのように変化したのかについて、《メシドール》とグラントペラの代表作マイヤベアー《悪魔のロベール》の楽譜の比較を通じて明らかにする予定である。とりわけ、押韻を放棄したことによって生まれる詩の有節性の消滅が、登場人物間の対立を強調した台本によって埋め合わされ、従来とは異なる形での詩と音楽の融合が実現されたことをつまびらかにする予定である。そのうえで、こうした散文オペラ台本の執筆体験がゾラの晩年の小説執筆にどのような影響を及ぼしたのかも考察する予定である。
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Research Products
(1 results)