2015 Fiscal Year Annual Research Report
オスマン帝国における免税特権保有者と統治施策の解明
Project/Area Number |
15J03916
|
Research Institution | Tokyo University of Foreign Studies |
Principal Investigator |
岩本 佳子 東京外国語大学, アジア・アフリカ言語文化研究所, 特別研究員(PD)
|
Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
|
Keywords | オスマン帝国 / 奉仕者集団 / 遊牧民 / 免税特権 / バルカン半島 / 税制 |
Outline of Annual Research Achievements |
「オスマン帝国の統治施策の分析を通じて、オスマン帝国において多民族・多宗教の諸集団が共存できた理由を解明する。特に、免税特権と引き換えに賦役や強制労働に従事した奉仕者集団に着目し、それらが地域社会や経済に与えた影響を解明する」という研究目的の達成のために、初年度研究計画に基づき、初年度にあたる本年度は、トルコ共和国、アンカラの地券・地籍簿総局文書館を中心に、ワクフ総局文書館、共和国文書館、イスタンブルの首相府オスマン文書館、イスラーム研究所で1ヶ月の史料調査を行った。 アンカラでは、ルメリ州居住の奉仕者集団であるミュセッレムを記録した租税台帳TT.d.113、114、115や西アナトリア居住の奉仕者集団であるヤヤおよびミュセッレム台帳TT.d167、168、その他の奉仕者集団を記録した20点近い租税台帳と財務や徴税に関する帳簿を閲覧し、そのデジタル複写データを取得した。その人口と居住地、支払う税の内容と額を解析し、それらが歴史的にどのように変遷してきたのかその解明にとりかかった。また、トルコ共和国イスタンブルの首相府オスマン文書館に所蔵される租税台帳や各種財務帳簿類、そしてオスマン帝国中央から発せられた勅令の内容を記録した「枢機勅令簿」を調査、解読し、内容や宛先ごとに分類し、データベースを構築することに着手した。 研究成果は、2015年11月に行われた北米中東学会(MESA/Middle East Studies Association)年次大会や10月に北海道大学で開催された日本オリエント学会年次大会といった国内外の学会や研究会の場で積極的にその公開につとめた。さらに、初年度研究調査の成果を基にした学術論文を執筆し、日本オリエント学会会誌『オリエント』に投稿した(現在審査中)。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度に進めたトルコ共和国、アンカラおよびイスタンブルでの調査と調査時に取得した史料の精読と分析、データ化により、以下のことが明らかにできた。 初年度に進めた研究により、免税特権を保有する集団の中で、バルカン半島に居住し、耕地の割り当てをうけていた「ルメリのミュセッレム」という集団については、これまでの「16世紀末に西アナトリア居住の奉仕者集団であるヤヤとミュセッレムとともにルメリのミュセッレムは廃止された」または「17世紀初頭にルメリのミュセッレムは廃止された」という先行研究での見解に反して、バルカン半島では、ミュセッレムは16世紀末や17世紀初頭に廃止されておらず、ミュセッレム制度や集団が存続していたことを解明した。さらに、ルメリのミュセッレムは、17世紀の中頃には国家の命令に応じて様々な職務を行う代わりに免税特権を保持するという奉仕者集団としての性格を失い、国家にその成員全員が税を支払う徴税のための単位に変質していたことを明らかにした。ここから、ティマール制から徴税請負へ、君主直属の常備軍や封土を受領する騎兵からの兵士徴用から私兵や傭兵の運用へという、オスマン朝の政治や社会の変容とルメリのミュセッレムという一奉仕者集団の変容は密接な関わりをもっていたと結論づけられる。このように、奉仕者集団をもとに、オスマン朝という「帝国」の支配の多様な姿や時代や状況に合わせた変化が見て取れることが判明した。 このような研究成果については、北米中東学会、日本オリエント学会年次大会といった国内外の学会や研究会の場で公開した。 反省点としては、当初の研究計画と比べて、今年度は充分なだけの研究成果、特に学術論文を年度内に公表することができなかった。現在、初年度の研究成果をまとめた論文を雑誌『オリエント』に投稿中であり、次年度内の刊行を目指している。
|
Strategy for Future Research Activity |
初年度に取得した史料の精査を、第二次年度はさらに進める。当初の計画通り、同じくバルカン半島で成立した奉仕者集団であるルメリのユリュクとルメリのミュセッレムの比較を通じて、オスマン朝における奉仕者集団制度の実態にさらに迫ることを目指す。 具体的には、第二次年度は、イスタンブルの首相府オスマン文書館、アンカラのワクフ総局文書館を中心とした研究施設で数週間に渡る調査を行い、ⅰ)租税台帳その他の財務行政や徴税に関する帳簿類 ⅱ)枢機勅令簿、勅令や命令書や嘆願書と嘆願への応答といった行政に関する文書類 ⅲ)ムカーター台帳、アヴァールズ台帳といった奉公集団制度の変容が確認できる時期に作成された財政帳簿類を蒐集し、その分析を進める。特に首相府オスマン文書館では、ルメリ、アナトリアのヤヤ、ミュセッレムに関する租税台帳や、ルメリやアナトリアのヤヤ、ミュセッレムに関して発布された命令を記した枢機勅令簿を精読し、その複写を蒐集する。 さらに、バルカン半島の旧ルメリ州の奉仕者集団が多く居住していた地域、すなわちギリシアのテッサリア、マケドニア地方、ブルガリアの南西地域からマケドニア共和国に至る地域での現地調査を行い、史跡や墓地の銘文といった様々な史料を蒐集する。 初年度と第二次年度の調査および研究で得た知見や史料をもとにした研究成果は、2016年9月開催予定の国際学会Turkologentag2016やその他国内外の学会で発表する。また、当初の研究計画と比べて、昨年度内には予定の学術論文の公表ができなかったことを反省し、第二次年度は、研究成果の公表について、現在、投稿中の学術論文の第二次年度内の公表に加えて、国際学会Turkologentag 2016その他国内外の学会での口頭発表もしくはその他の形式で第二次年度の研究成果も公表することにつとめる。
|
Research Products
(4 results)