2015 Fiscal Year Annual Research Report
中国唐時代の禁軍軍事システムから見た国家体制と国際秩序の変容
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15J06825
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Research Institution | Chuo University |
Principal Investigator |
林 美希 中央大学, 文学部, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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Keywords | 中国史 / 唐時代 / 軍事制度 / 北衙 / 禁軍 / 蕃将 / 国際関係 |
Outline of Annual Research Achievements |
〈研究目的〉 本研究は、中国唐王朝における皇帝直属の近衛兵(=北衙禁軍)が、内的要因(政治・社会との関わり)と外的要因(周辺諸国との外交関係)によってどのように変容し、かつ皇帝親衛軍として独自の体制を築いていったかを解明することを目的とする。唐の禁軍軍事システムは、ユーラシア諸民族の動きと連動しながら発展し、唐の帝国としてのありかたに大きく寄与したと考えられる。そのため、唐代の禁軍の構造を明らかにし、それらの歴史的位置づけを確定することは、唐王朝の統治体制の全容把握に直結する重要な課題なのである。採用第一年目となる本年度は、以下の二点、すなわち①〈帝国〉の構造の縮図としての蕃将の検討、②異民族の動態から見た「安史の乱」の検討、のそれぞれのテーマについて分析を行なった。 〈研究方法〉 まず、上記①の課題については、唐の多民族性が文化面のみならず軍事面にも大きな要素として作用していたことに着目し、唐の「蕃将」(=非漢族出身で、将軍等の唐の高位武官職に就任した者の総称)と北衙禁軍システムとの関係性を、在来史料と石刻史料(墓誌)の相補的利用によって考察した。また、上記②の課題については、従来、唐国内の内乱ととらえられがちであった安史の乱の再定義のために、基礎的な作業として、反乱の経過を民族移動に注目して追跡するという作業を行った。なお、本年度交付を受けた補助金は、主として以上の研究を遂行するための文献と、PC等の研究資材の購入に充当した。 〈研究成果〉 上記①の課題については、「唐代前期における蕃将の形態と北衙禁軍の推移」と題する論考を現在投稿中である。また、上記②の課題については、次年度以降の成果を踏まえたうえでの論考の執筆を予定している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
現在までの進捗状況は、おおむね、年度初めに提出した研究実施計画どおりである。本年度の研究実施計画に掲げた項目のうち、[A]「〈帝国〉の構造の縮図としての北衙蕃将の検討」については、唐前半期の北衙蕃将に関する石刻史料の網羅的収集を完了させ、在来史料の記述と対照しつつ、北衙に所属する蕃将たちのありかたを浮き彫りにした。唐の皇帝と蕃将との君臣関係の移り変わりと、皇帝の私的な側近武官である北衙の変遷を双方向的に検討してみると、皇帝との最も「緊密な」結びつきは、北衙・左右羽林軍を媒介にして生まれるのであって、そのような意識と関係性の衰退が蕃将の節度使就任につながり、そして蕃将節度使の辺境での長期留任が、安史の乱勃発のトリガーのひとつとなったことが明らかになったのである。以上の考察は、論考「唐代前期における蕃将の形態と北衙禁軍の推移」に結実した。「北衙」という新たな視点からの分析を加えることによって、唐前半期の蕃将の動態に関する研究は、大きな一歩を踏み出したのである。[B]「異民族の動態から見た安史の乱の検討」については、安禄山挙兵の天宝14載(755)11月から広徳元年(763)正月の史思明の息子・史朝義の敗死による乱の終焉までの史料を在来史書を中心に整理し、反乱の経過を追ったところ、非漢民族(ウイグル・契丹・突厥・吐蕃など)の中国内地への流入と、戦乱の広がりとに関係性を見出すことができた。彼らは、安史の乱後、漢民族と混在して、モザイク状に内地に定着し、唐の国家としての再起とその行く末を大きく左右する存在となる。これらの考察は、本年度中に論考にまとめる段階にまでは至らなかったので、この点については、次年度以降に繰り越すこととする。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の今後の推進方策としては、以下のテーマに沿って研究を進める予定である。
1.異民族の動態から見た安史の乱の検討(前年度から継続) 安史の乱を、単なる唐国内の内乱ではなく、東ユーラシア全土を巻き込んだ「国際」紛争という視点から位置づける試みである。前年度の分析を踏まえ、成果を早期に活字化することを目指す。 2.北衙神策軍の構造の検討 唐代後期の北衙である神策軍には、宦官権力の拡大と律令官制の崩壊にともなって、皇帝親衛軍でありながら、行政・司法に携わる権限が付与されていった。その職掌は多岐にわたり、この複合性が神策軍の存在をいっそう特殊で複雑なものにしていた。つまり彼らには、「禁軍」としての側面と、「宦官の行政機構」としての側面が存在するわけである。さらに、前者の、禁軍としての活動も大きく二つに分けられ、神策軍は実際は、京師守備軍として唐前期以来の禁軍形態を保つ「長安駐留軍」と、畿内に駐屯する別動隊で、対反側藩鎮戦や対外遠征に活躍する「外鎮遠征軍」の二つの軍団からなる軍事力であり、二つの軍団は、同じ神策軍の名を冠するといえども、それぞれが個別の軍事権を有して動いていた。本テーマではそのうちの「長安駐留軍」に焦点をあて、禁軍としての神策軍のありかたを考察する。具体的には、史書類のほか、禁軍下士官の墓誌、旅行記(『入唐求法巡礼行記』)、詩・伝奇小説(『全唐詩』『太平広記』)、地理志(『長安志』)など幅広い筆記史料を題材として、長安城における禁軍兵士の平時の生活や、彼らが駐屯する長安城北の禁苑の実態、長安の街に暮らす住人の禁軍に対する意識を探る。
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