2015 Fiscal Year Annual Research Report
ワンダ・ランドフスカをめぐる古楽復興の歴史の解明──手稿資料の調査に基づいて──
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15J07028
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Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
中津川 侑紗 東京藝術大学, 音楽研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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Keywords | 古楽復興 / チェンバロ復興 / 真正性 / ワンダ・ランドフスカ / 演奏家研究 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究課題「ワンダ・ランドフスカをめぐる古楽復興の歴史の解明──手稿資料の調査に基づいて」を進めるにあたって、初年度はまず欧米各国の図書・資料館に赴き、関連する資料の概観及び収集をおこなった。なかでも、ワンダ・ランドフスカ(1879~1959年)の遺品の大部分を保管する米国議会図書館音楽部門において、彼女が10代のときに綴った日記や20世紀初頭にパリで演奏活動をはじめたばかりのころに肌身離さず持ち歩いたであろう手帳、晩年に著書『古楽 Musique ancienne』(1909年刊行)の改訂を目指して書き溜められた研究や思索のための手記に触れ、それらをまとまったかたちで入手できたことは本研究の向かう先を明るく照らし出した。 検証対象に据える資料のうち、本年度は特に1890~1900年代、すなわちランドフスカがワルシャワでピアニストのA. ミハウォフスキのもとでピアノの研鑽を積んでいたころから、夫のH. ルーと共にパリに移住してチェンバロ演奏活動に携わるまでの期間に焦点を絞り、当時の彼女の日記やランドフスカ夫妻の書簡を中心に調査を進めた。結果、これらの資料から浮かびあがったのは、手の故障を苦にピアニストになる未来に不安を抱いて作曲の勉強を始めたものの思うようにいかず、音楽家としての、一人の女性としてのアイデンティティを求めて自己・他者批判を日記のなかで繰り返していた若きランドフスカが、ルーという理解者を得たことを機に新たな人生を切り拓いてパリの音楽業界を奔走し、興行師のG. アストリュクや彼女の楽器を製作したプレイエル社との緊密な協働のすえにチェンバロ復興の担い手として躍進した、その軌跡である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の基盤をなすのは、長らくほぼ未検証のまま残されてきたランドフスカの書簡や手記等の調査であるが、本年度の作業を通してこれらの資料群の見晴らしが格段に良くなったことで、調査研究の成果をどのようにまとめ、どのようなかたちで発信するか、より明確な計画を立てられるようになった。本年度は実際にその計画に則して調査を進められ、ランドフスカの人物像を映しだす有力な情報を数多く掴んだうえに、後述の通り今後の課題についても検討を重ねることができた。そのため、本研究はおおむね順調に進展していると言える。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度に得られた成果をもとに、今後は1910年代に書かれたランドフスカの書簡と手記から時代を追って資料調査を進める。書簡に関しては、ランドフスカと彼女の家族や弟子が書いた分を対象にその内容をデータベースとしてまとめているので、次年度も同様の作業を継続する。手記に関しては、1950年代に書かれたもののうち『古楽』に関連する特に重要な分のみ既に検証しており、そのなかでもランドフスカの古楽演奏の「真正性」に纏わる語りが晩年にかけて変化をみせる点に着目している。彼女は1909年に刊行された『古楽』を通して芸術における進歩主義を批判し、古楽の演奏解釈の歴史的な真正性を標榜することで自身の音楽活動の意義を打ちだそうとした。彼女の後の活躍をみれば、その試みは成功したと考えられるだろう。それにも拘らず、彼女は晩年の手記のなかで「真正性」という題名のもとに長らく掲げてきた主義主張を覆すような言葉を残している。この語りの変遷を、資料から得られる情報をもとに歴史的な背景を捉えながら意味付けていくことがこれからの研究の課題であり、主軸となる。
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