2015 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
15J09464
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
鵜飼 敦子 東京大学, 東洋文化研究所, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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Keywords | 美術史 / 世界美術史 / ジャポニスム / 金唐紙 / 金唐革 / 日仏文化交渉史 / 美術工芸 / グローバル・ヒストリー |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、美術史において重要な一要素である「装飾性を与える」こと、すなわち「飾る」という行為に注目して世界を見る歴史叙述を考えることである。このため、時代の転換期ともいえる19世紀末の一時期を輪切りにし、「飾る」行為が端的に表れると考える「金唐紙」と装幀本を具体例として新たな美術の歴史を描く試みをはじめた。この新たな美術史像を描くための「飾る」行為の一事例研究として、金属箔を貼った手すきの和紙に文様を彫った版木を重ねて凸凹をつけ彩色した、一見革のようにみえる紙「金唐紙」の調査、研究をおこなった。1年目となる本年度は、この「金唐紙の地理・歴史的展開の可視化という目標をかかげており、主に国内での現存状況を調査した。具体的には、課題としてあげていた国内5か所での調査を実施し、歴史的文化遺産としての美術工芸品が実際に使用されていたことを確認したこと、また、その調査結果を思文閣出版から発刊された研究論文集に発表して、一般に公表したことである。さらに、3年間を通した研究テーマとして掲げていた「世界美術史の構築」についても、大いに寄与することができた。これまでの時系列や国ごとの歴史叙述の手法にとらわれずに、輪切りの世界史を描く共著書を完成させた。また、若手研究者の会での発表を通して、比較研究のあり方に問いかけをした上で独自の研究指針を提示し、国内外の研究者と既存の研究の枠組みについて議論を交わした。これまで「日本がフランス美術に影響を与えた」とする狭義のジャポニスム研究や比較文化論に疑問を持って研究を進めてきたが、新たな研究の枠組みのモデルとなりえるアイデアや知識を、本年の議論を通して得ることができた。これらをいかして来年度以後には、理論面からも研究を進めたいと考えている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
調査の実施および研究成果の発表というふたつの側面から研究の進展が滞りなくおこなわれた。具体的には、①東京都文京区の旧岩崎家住宅での復刻された壁紙、②北海道小樽市の旧日本郵船小樽支店では一部復元品と合わせて壁紙として残されているもの、③兵庫県神戸市孫文記念館内の移情閣では古いカーテンレールの跡に残るもの、④移情閣に隣接する旧武藤山治邸内に旧蔵されている古写真に写りこんでいる書斎に使われた壁紙、⑤広島県呉市の入船山記念館においては、復元のものと一部残された明治期の原物、これらの現存状況を確認、識別、調査することができた。本研究の3年間での到達目標は、これまでの美術史の認識について考え、その問題点を見直し、新しい美術史の解釈と叙述を作り出すということである。そうすることにより、宗教や民族、人間集団といった、これまでの歴史叙述の前提となっていた既存の枠組みを問い直すことができると考えるためである。それは、比較することによって文化の違いを強調するものではない。人々が創りだした「工芸」に注目した歴史記述の新たな視点を提供することである。そして地球上すべての人間が、同じ地球という場所に帰属しているという意識を高めることにある。この大きな研究テーマへの第一歩目となる初年度に、グローバル・ヒストリーの観点から歴史を考える研究者とともに議論し、書籍の出版に参画することができた。 具体的には、受入研究者が監修する著書『輪切りで見える!パノラマ世界史―大きく動きだす世界』にアイデア提起をし、第4巻の解説文を共同で執筆した。一方で、若手研究者が集まって議論する「新しい学問を考える会」という研究集会において発表する機会を持ち、国内外の研究者と研究の大きな枠組みについて議論をすることができた。当初の計画では研究年の終盤で予定していた結果がだせたことから、期待以上の進展があったと言える。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究では、二国間の狭義の比較文化論に疑問を持ち、第三となる国を軸として置くことを提唱していた。しかし、研究を進めるうちに「西洋美術」「日本美術」という想像上の地域区分や「国民国家」を基準に研究が進められてきたこと自体が、比較文化において狭い視野をもたらす原因であるという気づきがあった。このため、このような状況を打開するための解決策は、これまでの「比較史」からモノや人、情報の移動に注目しながら描く「循環史」へという転換であると考えている。初年度におこなった、若手研究者との討議のなかで、科学史の場合、循環のように元にもどるのではなくスパイラル状に進化してゆくモデルがあること、世界の研究現場では、近年の傾向としてCirculation ということばよりも、様々な要素が複雑に絡み合うEntanglementということばが使われるといった教示を得ることができた。このことから、今後の研究は、新しい研究の枠組みについても考えながら進めたいと考えている。 具体的には、調査の対象を国内から国外と移す際に、「国」ごとに調査をおこなうのではなく、ヨーロッパ全域で金唐紙や壁紙といった工芸品が、どのような発展と循環をとげていたかに注目しながら調査をおこなうことである。また、理論面では、国内外の研究者との議論を活発におこなっていきたいと思っている。このため、美術史以外の歴史学、人類学、経済学などを専門とする若手研究者や、海外の研究機関で活躍する人々との対話を重視して、研究会やワークショップなどをおこないながら研究を進めたい。
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