2016 Fiscal Year Annual Research Report
アルベール・カミュのアルジェリア戦争期「暴力」論 -神話的モチーフの草稿研究-
Project/Area Number |
15J09684
|
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
渡辺 惟央 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
|
Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
|
Keywords | カミュ / ブリス・パラン / ジャン・ポーラン / テロリスム |
Outline of Annual Research Achievements |
計画通り、カミュの「反抗」思想に密接にかかわった哲学者ブリス・パランと詩人フランシス・ポンジュそれぞれの研究、および三名の思想を当時の社会・政治的文脈(主に第二次世界大戦)のなかに位置づける作業をおこなった。 カミュとパランの比較作業は、1940年代のパランの言語思想を把握することで、当時パランを熟読していたカミュへの影響を分析した。「反抗」概念の特徴はパランの「超越」概念と多くの共通点をもつこと、パランの「超越」を論じるカミュの論理(評論「表現の一哲学について」)が後の「反抗」論に近似していることを示した。また当時パランが「反抗」概念について論考を発表し、カミュがその論考の編集・出版に携わっていた事実など、思想面だけでなく交流面でも影響関係を論じるうえでの手がかりを得た。カミュ思想の生成研究においてこれまで全く注目されてこなかったパランだが、本研究によってその重要性の一端を実証的に論じたことで、今後のカミュ研究に新たな視座を示すことが出来た。 カミュとポンジュの比較研究については、両者が共有する「記述」概念について、それぞれの主張を比較した。ポンジュにとって文学における「記述」とは、現実世界を改変していく実践的方法であり、その背景には当時傾倒していた共産主義的な行動主義(たとえばマルクス「フォイエルバッハ・テーゼ」第十一条)がある。これに対しカミュにおける「記述」とは方法ではなく、あくまで精神の一様態であり、「明視の無関心」とも言い換えられる自覚的な受動の状態である。このような比較を通じてカミュの「記述」概念の重要性を明らかにすることで、これまで別々に論じられることの多かった彼の主著(哲学書・文学作品)とエッセイ集(『結婚』『夏』)とを横断的に論じるための手がかりを得た。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
カミュとパランの比較研究は計画通り順調にすすんだ。パランの入手困難な著作の収集は、フランス国立図書館やパリ大学図書館に通うことでおおむね達成した。雑誌などに寄稿された小文や書簡などを収集する作業が残されているが、カミュとの影響を考えるうえで重要な40年代の著作の分析については十分な進捗があった。その成果は、一本の論文と一つの学会発表で公表した。 カミュとポンジュとの比較については、往復書簡の分析と、ポンジュの1945-48年頃の創作論(「私の創作法」など)の精読が順調にすすみ、両者の「記述」概念の差異については明確な比較ができた(成果の公表は次年度に行なう予定)。カミュがポンジュに見出した「無機物」の美学、「石の断念」については、カミュ自身が自らのエッセイとの類似を指摘していることから、カミュのエッセイとポンジュ『物の味方』との比較に進む必要があったが、この作業は次年度に持ち越すことになった。 カミュ、パラン、ポンジュの比較研究は、以上のようにおおむね順調にすすんだと言えるが、一方で、彼らが思想的に接近し交流をおこなった社会・歴史的背景については、十分な分析には至らなかった。彼らが共通して「言語」を主題にした背景には、世界大戦にともなって盛んに論じられた「言語の頽廃」の問題があったことを、当時話題になった文献や資料から明らかにできたが、こうした論争のなかで世界大戦や全体主義の問題、戦後の粛清問題がどのように影響していたのかについては、(三名がこれらの問題にしばしば言及していたことも鑑みると)十分な見取り図を示すまでには至らなかった。
|
Strategy for Future Research Activity |
これまでの成果をふまえて、比較作業(カミュ、パラン、ポンジュ)を継続する。一方で、カミュの「反抗」思想の総合的な研究に重心をうつし、論文などの成果発表に力を入れる。具体的には、カミュの文学作品(特に『誤解』『ペスト』)のなかに「反抗」思想がどのように描かれているのかを言語の問題から再検討し、50年代の思想(『反抗的人間』)に接続させる作業が中心となる。 また、本年度の研究で十分には論じられなかった、1940年代の言語の問題と社会・政治的問題(とくに世界大戦と全体主義)との関係について調査を進めることで、当時のカミュの問題意識と、彼の著作が含みもつコンテクスト(参照されている概念や思想家、社会状況等)を明確にする。具体的には、パリ文壇で大きな影響力をもった知識人ジャン・ポーラン(雑誌『N.R.F.』編集長、作家、思想家)の思想の吟味と、「文学におけるテロリスム」という主題を第一の分析対象とする。ポーランが著作『タルブの花』のなかで、当時のパリ文壇に蔓延する言語不信の作家たちを「テロリスト」と呼んで以後、40-50年代の「テロル」の主題は単に政治・社会的な問題(全体主義的専制、暴力革命)であるだけでなく哲学的な問題(言語の抽象化・否定性の暴力)とも絡まりあいながら論じられるようになったからである。こうした文脈を踏まえることで、50年代にカミュがおこなった「暴力」をめぐる複数の論争(サルトル、ブルトン、バルト等)を再検討する手がかりとする。
|