2015 Fiscal Year Annual Research Report
時空の絶対説と関係説の対立がもたらす物理理論の決定不全性についての哲学的考察
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15J09715
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
杉尾 一 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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Keywords | 決定不全性 / 認識論 |
Outline of Annual Research Achievements |
物理理論の決定不全性について哲学的考察を進めるために情報をキーワードとし、量子力学の基礎に関わる研究を行った。そして、情報をもとに、認識論的立場から物理学の概念的基礎を見直す研究を行った。 よく知られている通り、情報についての理論を打ち立てたのはシャノンであるが、シャノン自身は情報を定義していない。現代においても、情報とは何かについて明確な定義はなされていないが、近年、量子情報理論によって、情報についての理解は深まりつつある。そこで、今年度は、物理学の決定不全性について明らかにするために、量子情報理論を踏まえて、量子力学の観測問題にアプローチし、認識論的観点から物理学を捉え直した。 このような方針はこれまでにあまりなされてこなかった。なぜならば、物理学はモノを扱う学問であり、物理学は存在論的理論として捉えられ、物理理論は一意に決定可能、あるいはそうあるべきと考えられてきたためだ。しかし、量子力学、量子情報理論の誕生によって、物理学全体を捉え直す道具は揃いつつある。物理理論は、物自体を記述するものではなく、物理系と観測者(被観測系と観測系)の間の関係性を記述している科学理論として捉えることは可能であるのだ。これは、物理学に対する一つの哲学的立場と言える。 この哲学的立場にもとづけば、物理的実在という概念についても再検討が必要となる。これまで、物理的実在は、物自体と同等な意味で用いられてきた。しかし、認識論的な立場にもとづけば、物理的実在とは物自体ではなく、物理理論の変更とともに見直される、いわば括弧付きの”実在”ということになる。そして、物理理論そのものが、その時折の”実在”によって変更されうるものとなる。このような研究は、科学哲学における科学的実在論争に対して一石を投じるものであり、物理理論の決定不全性に関する哲学的研究の一つの成果となった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の予定と異なり、物理理論の決定不全性を明らかにするために、関係説と親和性が高いと考えられる「情報」をキーワードとし、量子論の基礎に関する研究を行った。そして、物理理論は系と観測者の関係性をもとに得られた知識という認識論的立場から物理学を見直すべきという結論を得た。この結論からは系と観測者の関係性をどう設定するかによって複数の物理理論が存在しうることになり、これはまさに理論の決定不全性を意味している。このように、量子論の解釈という根本的問題へと踏み込むことで、物理理論の決定不全性を示すという目的に大きく近づいた。このようなことから、概ね順調に進展していると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
平成27年度の研究によって、物理理論は系と観測者の関係性をもとに得られた知識の体系であるという哲学的結果を得た。これは、物理学が本質的に存在論ではなく、認識論であり、同じ物理系であったとしても、その物理系を認識する枠組みを変更すれば物理理論は変わりうるということである。そして、物理系に内在する物理的実在もまた、いわば括弧付きの”実在”であり、物理系と観測者との関係によって規定される認識論のレベルでの対象ということになる。 このような哲学的立場からすれば、時空に関する二つの立場、すなわち、ニュートンの絶対説とライプニッツの関係説の差異は、記述のレベルの差異に過ぎないと考えられる。なぜなら、物理理論は本質的に系と観測者の関係性をどう設定するかによって複数存在しうるからだ。つまり、いずれか一方が時空の正しい姿であるということを物理学によって決定することはできないということになる。 この考え方を裏付けるために、平成28年度は、時空の絶対説と関係説に関する歴史的な文献研究を行い、絶対説と関係説は存在論のレベルでの議論ではなく、本質的に認識論のレベルでの差異に過ぎないことを明確にする。さらに、現在進めている時空に依拠する物理量概念についての可能性についても検討を行うことで、量子力学の解釈問題にもアプローチする。 量子力学の解釈問題は、物理量を存在論のレベルで考えることによって引き起こされえいると考えられる。本研究において物理的実在は、物理系と観測者との関係によって規定される認識論のレベルでの対象ということから、物理量も認識論の枠組みで捉えなおすことが可能と考えられる。 このように量子力学の基礎に関わる哲学も射程に収めながら、物理理論が本質的に決定不全性を持つという哲学的主張をより強固にしてく。
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Research Products
(2 results)